027 消えない罪
「遅いですわねー。暇ですわ〜。」
何度目かの楼蓮の呟きに、碑透も生返事を返した。食料や日用品、近隣の地図の買い出しにしてはだいぶ時間を取られているように思えた。
待っている間、碑透は幼馴染のことを考えていた。もし、昌がこの時代に生きているのだとしたらどんな理由があるのか。考えれば考えるほどに昌が幻だったのではないかと疑うしかなかった。
(昌の生まれ変わり?でも、私の事を知っているようだったし…そもそも、結界によって薄茜の国の人間以外は立ち入れない場所のはずだわ。)
「ねぇ、今何を考えているの?」
覚えのある声が突然聞こえてきた。碑透が一人になると彼はよく話しかけてきた。他の人がいる時には碑透が何度話しかけても応えてはくれない。
「何って、今は楼蓮もいるのに。」
と、楼蓮を見るとこれまた何処から出したのかハンモックを木に吊して眠りこけていた。碑透が呆れると声の主は続けた。
「君は油断しないようにね。こんな、のどかな場所だってどこに危険があるかなんて分からないものなんだ。」
といっても楼蓮が油断しているとは思えなかった。彼女なら敵意を感じればすぐに行動できるのだろう。それだけの力を持っていることは旅の中でも感じることができた。
それに、楼蓮が眠りこけようと思うくらいに、あたりは静かで気持ちの良い風が吹いている。
「そういうものなの?」
「うん。そういうもん。」
だから気をつけて。と、碑透を案じてか注意を促してくれる。それに応えない理由はもちろんない。
「わかった。気をつけるわ。でもあなた馬のくせによく喋るわよね。」
「まぁ、馬だって豚だって喋りたいときは喋るんじゃないの?なんていうか、君は面白いくらいに思い込みが激しいね。」
馬の顔を見上げて、碑透は首をかしげた。どう見ても思案に耽るような表情は見えなかった。馬の脳は何歳程度の考えができるのだっただろうか。
(まぁ、馬の精神年齢がいくつだろうと、この馬には当てはまらないわよね。)
「で?何を考えていたの?心ここに在らず。ずいぶん気が抜けていたみたいだよ。」
問われて少し答えに困った。昌のことは鳴月にも吾月にも誰にも話していないことだ。
とはいえ、馬に話したところで何か困ることもないだろう。人間の事情なんて馬にはお構いなしだ。
「幼馴染のことよ。」
「へぇ。幼馴染がどうしたの?」
「私にとって世界全部と同じくらい…もしかするとそれよりも大事な人だったのよ。すごく大好きで大好きで、一生傍にいたいって思っていたわ。でもね。居なくなってしまったの。」
昌の顔が思い浮かぶ。大好きな幼なじみはもういない。美化するまでもなく昌は碑透にとって完璧な存在だった。黒髪に黒い瞳。日本人の一般的な特徴ではあるが、この世界ではほとんど見ることのない色だ。そんな中に現れた昌は神聖さすら感じるほどに浮いていた。
「へー、姫神子にそこまで思われるなんて大層な人物だね。いなくなったって、どうして?」
「 …私が殺してしまったのよ。私が…。」
口にして、苦いものを噛んだような気持ち悪さが広がった。今まで何度も思ってきたことだが、言葉にしたことは無かった。
しかし、ずっと思っていたことだった。
自分が昌を死に追いやった。
誕生日に会いたいなんて言わなければ、昌は死なずに済んだかもしれない。最後に葬儀で見た昌の姿は事故にあったとは思えないほどに綺麗だった。
腐敗を避けるためのドライアイスは昌の体を氷のように冷たく冷やしていた。二度と昌の目は覚めないと痛いほどに思い知らされた。
会えるわけがないのだ。自分の罪が消えないように、昌が帰ってくることはない。
両の掌をキツく握りしめる。痛みが走るがきっと血が出るほどではないのだろう。碑透は無意識に罰を与えてくれる何かを求めていた。




