002-2 鏡の中の青
扉の先は、宮殿のような豪奢な部屋だった。部屋では、数十の人だかりが碑透たちを待ち構えていた。碑透が驚いた顔で立ちすくむと、一人の老女が進み出た。
老女は、王族と言えるようなきらびやかな服装でも、武人上がりの無骨な雰囲気もない。しかし、不思議と他を従わせるような雰囲気があった。その雰囲気は自然と見る人の身を萎縮させた。
「ようやく姫神子が召喚されたか。」
碑透を一瞥した後、老女は吾月に視線を移して意外そうな顔をした。
「どうぞ、姫にはご内密に。」
先ほどの上からの発言とは打って変わり、吾月の口調はわざとらしいほどに恭しい。
秘密というのはなんのことだろう。この老女は何者なのだろう。碑透の頭にはいろいろな疑問が泉のように湧いてくる。
「では、姫神子。妾についてくるが良い。」
老女が踵を返し、碑透について来るよう促すと吾月がそれを押しとどめた。
「姫が召喚され、わたくしは守部となりました。神殿の巫女、姫に話される事がございましたら、わたくしも同席したく存じます。」
老女は、吾月を見ずに歩き出したが、ついて来るようにと続けた。
暫く長い廊下を進んだが、会話は一つもなかった。碑透としては溢れるほどの疑問を一つでも解消したかったが、場の雰囲気は許してはくれなかった。
(こういう時、空気読まずに喋れるような性格だったらよかったんだけど…)
頭の中でぼやきながら、長い廊下から見渡せる景色に視線を移した。視覚や言葉の端々だけでも多少情報は得られる。母に告げられたとおり、碑透の住む世界とは様相が違うようだった。
先ずは建物の作り。先ほど吾月が老女に向けた「神殿の巫女」という呼び名。恐らくここは神殿という場所なのだろう。そして、吾月の口調。神殿の巫女とはこの世界ではかなり偉い人物のはずだ。この場所は、この世界の王室のような場所ではないだろうか。
碑透が目覚めた場所も何処にでもあるような場所には感じられなかった。壁のつくりは恐らく土を固めたもの。コンクリートほどの強度はなさそうに思う。あえて例えるなら中国映画でみたような建物の造りにも思える。
壁の色は白だが、柱は透き通るような青。これは石造りに色をつけたものだろう。インディゴブルーのような濃い青というよりは、乳白色の柔らかな色。床も石造り…その上に空色の絨毯が長々と続いている。
碑透が目覚めた場所も青で溢れていた。この世界にとって、もしくはこの神殿にとって青色は特別な色なのかもしれない。
高く大きな窓。そこから外に目を向ける。碑透のいる建物の周りは木に囲まれているようだ。生き物も見ることは出来ない。
窓の外から得られる情報は少なそうだ。
ふと、疑問に思う…この世界で話す言葉だ。誰もが自然と日本語を話している。いつの間にか脳が書き換わって別の言語で話しているのに日本語と思っているのだろうか。そうだとしたら恐ろしい。
そんなことを考えている間に目的地に着いたのか、老女は足を止めた。大きな鏡の扉…。
碑透は驚愕に声を失った。
鏡で出来た大きな扉に驚いたわけではない。老女と吾月と共に鏡に映る人物の…自分がいるべき場所に自分の知る姿は無かった。
青く長い髪に青い瞳。全くの別人ではないが、肌も元の世界にいた頃よりも白い。
血の気がさぁっと引いて行くような感覚に襲われた。
(これは…私…?)
考えた瞬間に、恐怖に押しつぶされる。
「こんな私は知らない…知らないっ!いや!いやだ!」
悲鳴のように言い放ち、頭を抱える。
その瞬間に力が抜けたように碑透は崩れ落ちそうになった。倒れなかったのは側にいた吾月が支えたからだ。吾月は「そうだろう」と、頷き老女に向き直った。
「姫はまだ目覚めて間もないです。わたくしのような者が進言するのは憚られますが…一度、姫の回復を待って御言葉を頂きたく…。」
取り乱した頭では、老女の返答は耳に入らなかった。視界には鏡に映った青い髪、青い瞳がぐるぐると回る。案内された部屋の寝台につくと、意識を失うように深い眠りに落ちていった。




