024 守部と姫神子の絆
食事が終わるとすることはなくなった。
態狸が作ったスープは匂いの通り、とても美味しかった。豚肉や根菜やきのこ、それにこんにゃくが入った味噌ベースのスープだった。
テントの前には赤々と薪が燃えている。空を照らすほどの明かりはなく、星は綺麗に見えた。
明日は夜明けと同時に出発する予定だ。早く寝たほうが良いとわかっていても、碑透はどうにも眠気がやってこなかった。疲れていないわけではない。初めての野営に気持ちが高揚しているのかもしれない。
少し前の碑透では想像もつかなかった時間を過ごしている。同じ日本でも時間が違うだけでまるきり世界が変わっている。
薪の番は吾月と態狸が交替で見るようだ。
楼蓮と態狸はさっさとそれぞれのテントで寝息を立てている。もともと、テントは一つしか立てていなかったが男女で同じ場所に寝るなど言語道断と、楼蓮がもう一つあっという間に用意してしまったのだ。
「明日は早い。碑透ももう寝たほうが良い。」
声をかけられたが、まだ眠れるような気はしなかった。色々な事が一気に起こって、今は人生で初めての野宿をしている。林間学校はあったがテントで寝るなんてことは初めてだった。
「なんだか落ち着かなくて眠れないみたい。少しだけ話してもいい?」
「まぁ、碑透が話したいなら。でも、横になるだけでも違う。少し話したら横になってくれ。」
吾月の気遣いに素直に頷く。吾月はいつも碑透を心配しているように思える。いくら姫神子を守る立場とはいえ、少し過剰ではないだろうか。
「それから。昼間はすまなかった。おれや態狸は馬に乗るのは慣れているから、初めて乗る碑透に気を使えていなかったと思う。ただ、困ったら気にせずに言って欲しい。じゃないとおれ達も碑透が困っていることに気付けない。」
「分かったわ…。でも吾月は過保護だわ。守部と姫神子って、蒼清の姫神子の時にもあったのかしら?当たり前のように心配しているけれど、私なんて足を引っ張るだけのただの小娘よ。」
「ははは。小娘ね。蒼清の姫神子の時にも守部という存在はいた。というより、その時に守部という言葉が生まれたんだ。」
吾月は物語を読み聞かせるように碑透に話し始めた。
昔々、蒼清の姫神子の時代は、キメラの穢れた力によってたくさんの人間が死んでいったそうだ。
キメラが人を襲う時には苦痛に歪んだ声を出していたそうだ。
蒼清の姫神子はそんなキメラに自身の神力を与えて、人の姿へ戻すことが出来た。
人の姿とは言っても完全ではなく…人の心を持てるように変えていったというのが近いかもしれない。
浄化の代償にキメラとしての力は姫神子に取り込まれた。浄化された者たちは姫神子を守るように仕えたそうだ。
姫を守る騎士のようなものかもしれない。それは、姫神子を守る為の組織となり、守部と呼ばれるようになった。
その騎士と結ばれて、姫神子の血は薄茜の国で受け継がれている。
薄茜の国では、親から子へ語り継がれるような昔話だった。
「どこまでが事実かは分からないが…おれは、守部は姫神子と一心同体のようなものだと思ってる。碑透の側にいると不思議と神力が強くなったように感じるしな。」
「え、でも私の力は封じられているから…」
「だとしてもだ。守部と姫神子はそういう風に出来ているんだと思う。」
突然、吾月は碑透の手首を掴み上げた。驚いて思わず手を引きそうになるが、吾月の力は思いの外強かった。
「碑透はこうして触れていても何も感じないのか?」
吾月の言う意味がわからず首を傾げた。封じられた力のせいで、碑透が感じることができない何かを吾月は感じているのかもしれない。
残念そうに笑い、碑透の手を掴む力を緩めた。
「そうか…。碑透に触れていると力が流れてくるように感じるんだ。碑透の力は封じられていたとしても、守部であるおれを介してなら使えるんじゃ無いかとすらおもえる。」
「そうなの?じゃぁ吾月に私の力をもっとあげたいわ!…私何も返せていないもの。」
碑透は吾月の言葉に嬉しくなり、もっとしっかりと触れられるようにと吾月の指に自分の指を絡めた。
気づけばお互いの視線は出会った時のように、間近に絡み合っていた。
吾月は落ち着いた様子で絡められた指をそっと離す。碑透にとっては思わずしてしまった行動だったが、冷静に考えれば大胆な行動だった。
気付いて顔を赤らめて謝罪する。
「碑透、そろそろ寝たほうがいい。」
二人の間に流れた微妙な空気に、吾月は少し照れたように、そして、ぶっきらぼうに答えた。




