021 双絶の魔女
「…あら。吾月。あなたずいぶん縮みましたわね。」
楼蓮がぽん。と、吾月の頭に手を置く。
おそらくバカにしているわけではなく、彼女にとっては自然体の行動なのだろう。態狸に対しては「相変わらずでかい図体ですこと。」と、ツンと顔を背ける。その様子に吾月が大きくため息をついた。
「あら、話が逸れましたわ!慣れない女性をいきなり馬なんかに乗せるものじゃないですわよ!」
ふんすふんすと鼻息荒く楼蓮が注意する。長い髪は高く一本で結んでおり、紫紺の髪は毛先に行くほど銀色に色が抜けたグラデーションになっている。ビシッと碑透を指差すと軽やかに髪がなびいた。
「ほら見てみなさい。可哀想に碑透様、お尻が痛くて立てないですわよ。大体女性が、お尻が痛いなんて言えるわけないですわ!ちょっとは気をきかせるべきですわよ!あなた達のことですからどうせ痛いと言っても何の対策も考えていなかったんじゃなくて?」
楼蓮のマシンガントークはなかなか途切れることがない。
吾月達は痛いところを突かれたような顔をしている。
碑透としてもお尻と連呼されるのは少し恥ずかしい気持ちになった。確かに言いにくくもあったが、足手まといになりたくないという気持ちもあったのだ。
「えっと…楼蓮?…さん。初めまして。知っているみたいだけど、私は碑透と言います。お気遣いありがとうございます。でも私が何も言わなかったのが悪いので。」
楼蓮を落ち着かせるために自己紹介も兼ねて話に割って入る。楼蓮の勢いに少し戸惑いはあったが、話を聞く限り女性には優しそうだ。
挨拶が功を奏したのか楼蓮は男性陣への断罪を中断して、美しい瞳をキラキラさせて碑透に向き合った。
「…素敵ですわ。青い瞳に艶やかな青い髪。正に神が使わせた神子様ですわね。それにこんな男どもを気遣う優しい心の持ち主。女神のようですわ。碑透様。よろしくお願いします。わたしは楼蓮と申します。以後お見知り置きを。」
「…ありがとうございます。こちらこそよろしくお願いします。」
「あら、碑透様。わたしに敬語なんていらないですわ。どうぞ気軽に話してくださいませ。というより、碑透様が敬語を使うに値する人間なんてこの世界にはいないですわ!」
気圧されるほどの迫力があった。しかし、普段敬語を使わない碑透に敬語はいらないという申し出はありがたかった。
「おれからも紹介させてくれ。楼蓮は鳴月殿と二人揃って双絶の魔女と呼ばれている。鳴月殿は優れた神力を持ち、楼蓮は並ぶものがないほどに万物の現身との契約をしている。薄茜の者ではないが、レジスタンスの一人だ。」
吾月の言葉に何処で彼女を見たか思い出した。吾月の部屋にあった写真に写っていたのだ。写真で見たときも綺麗な女性だとは思ったが、実際に見ると写真とでは比べるべくもなかった。
吾月の言う万物の現身と無数に契約しているという点にも驚いていた。人は皆、気という生きる力を持っている。碑透の持つ神力もその一つだ。
気は万人で異なるが万物のもつ気もそれぞれ異なる。相性の悪いものとは契約を結ぶどころか、心を通わせようと努力しても、現身の存在を感じることすら出来ないのだ。
どれだけ力を得る努力をしても契約は五・六結べれば十分多いと言える。
ただし例外もいる。鳴月との話で色々なことを学んだが、その例外が目の前の楼蓮だった。
「すごいわ。契約…って、何かコツがあるのかしら…」
碑透の疑問に楼蓮が「うーん」と、唸る。
「碑透様は契約が何かってのは知っているんですわよね。コツというより、契約は相性なんですの。わたしの気は透明に近いと思って貰えばいいと思いますわ。」
「透明…よく分からないけれもなんだか凄そうね。」
「そんなことより、おめぇさん馬はどうしたんだ?見たところ連れてねぇよな。」
どうやって来たんだ?と、態狸が不思議そうに口を挟む。
「そんなことより…ですって…?まぁ良いですわ。魔女といえば箒で空を飛ぶと相場が決まっているんじゃなくって?」
そういうと、楼蓮は何処からか箒を取り出した。それまでは手に何も持っていなかったはずだが、突然現れたように見えた。
箒と言ってもだいぶ装飾が付いている。どう見ても掃除をする為のものではなかった。その姿ははまさに魔女と言った様相だが、この世界でも魔女には箒というイメージがあることが不思議なことに思えた。
「碑透様もせめて痛くないように…」
箒の柄を碑透に向けてくるりと回す。痛みが消えたがそれ以外には特に変わりを感じなかった。
「一瞬で痛みが無くなったわ…ありがとう。」
「それは、ついでですわ。馬に乗ればわかりますわよ。それから、その瞳と髪の色は少々目立ちすぎますわ。なるべく人目につかないようにしてくださいませ。本当に男どもは気が利かなくて困りますわ。」
さらにどこから取り出したのか、フード付きのマントをふわりと碑透に羽織らせた。そして、もう一度、箒の柄を碑透に向けると、指を鳴らされた時と同じように体が浮き上がった。そのまま吾月の馬に乗せられるが痛みは感じなかった。
「あれ?どうして?」
碑透の体は馬の鞍から三センチほど浮いていた。
「体を浮かせていれば痛くないですもの。ただし、しっかり鞍を掴んでいて欲しいですわ。あと。吾月、しっかり碑透様を支えるんですわよ。」
「わかった。」と、吾月も馬にまたがる。
そして態狸と楼蓮に目で合図すると走り出した。
浮いているからか、吾月にしっかりと支えてもらわないと不安定でバランスが取りづらかった。まるで風船でも敷いているようだった。
横を見ると楼蓮が優雅に箒に乗っている。馬と箒に乗った女性が並走する様子はなかなかにシュールだ。
(出発した時は、痛みでたどり着けるか不安だったけれど…)
斜め後ろを飛ぶ楼連を振り返る。碑透の視線に気付くと不思議そうに首を傾げた。
「ありがとう。楼蓮。」
少し照れながらお礼を言う碑透に、楼蓮は満足気に微笑んだ。




