020 旅立ち
古い文献によると、草薙の剣は薄茜の国から馬で十日程かかる街に安置されているらしい。情報自体が古いため、他に移されている可能性はあるが、手がかりはそこまでだった。
「姫神子さま…どうぞご無事で…。」
「うん。ありがとう、鳴月。」
鳴月は、旅支度を終えた碑透たちを結界の端まで見送りに来ていた。
「姫神子さまが戻るまで、封じられた力を戻す方法と呪いを解く方法を探します…わたくしに見つけられるかどうかわかりませんが…。」
落ち込む鳴月の手をしっかりと握り返す。
「大丈夫よ。もし見つからなかったとしてもいろいろ試してみれば良いわ。」
鳴月の不安をぬぐうように、碑透は努めて明るい笑顔を向けた。薄茜の国に来てから鳴月には色々と気をかけてもらった。鳴月に悲しそうな顔をさせたくはなかった。
「そろそろ行くぞ、碑透。」
吾月に手を差し出される。碑透は小学校の遠足で行った牧場でしか馬に乗ったことはない。一人で乗りこなすなどもちろんできないため、吾月の馬に乗せてもらうことになっていたのだ。
馬、と言っても碑透の知る馬とは少し様相が違った。碑透の知る馬の歯は今乗ろうとしている馬のように歯は尖っていないし、足の蹄だって鉤爪のようにはなっていなかった。
吾月に手を引かれ吾月の前に跨ると、馬がぶるると嘶いた。鳴き声は碑透の知る馬と同じだ。
「行ってくる。」
吾月がそう告げると、見送りに来ていた人々が頭を下げた。度々目にすることはあったが、こんな時は吾月がこの国の領主なのだと思い知る。
吾月の「行くぞ」の声に、態狸が「おうよ。」と返し馬が動き出した。
草薙の剣を探す旅には、吾月の他に態狸も同行することになっている。途中で、もう一人合流する予定だそうだ。
「最初は少しゆっくりと走らせるが、慣れてきたらスピードを上げる。碑透、辛かったらすぐ言えよ。」
吾月の気遣いに碑透は「わかった。」と応えるが、情けない事に走り出して数分もしないうちにお尻が痛くなった。乗り慣れていないうちは仕方ないのだろうと考え、吾月には言わないことにした。
一時間ほど経つと痛みはピークに達していた。
(どうしよう…これ以上我慢できないかも…。)
痛みで鞍を持つ手の力も弱くなってくる。これが十日間も続くのだと思うと、地獄のように思えた。
碑透は、今まで自分がどれだけ恵まれた時代にいたのかをこれでもかというほどに思い知った。きっと電車や車があれば目的の場所までそうもかからないのだろう。
「吾月、そろそろ合流地点だ。」
先行していた態狸が緩やかにスピードを落とし始めた。森の中に少し開けた場所が見えた。広場に着くと吾月は馬の手綱を引いた。
吾月は軽々と馬から飛び降り、手綱を木にくくりつける。
「降りれるか?」
そう言って碑透に手を差し出すが、痛みが落ち着くまでは降りるのは難しそうだった。
痛むことを言えずにいると、吾月めがけて何かが思い切り飛んできた。
吾月は避けきれず、その何かがぶつかり、前のめりに倒れた。
「な!なんだ!?敵かっ!?」
様子を見ていた態狸がキョロキョロと辺りを見渡し、吾月は頭をさすりながら上体を起こした。
ぶつかった林檎が吾月の横に転がる。転がるといっても原型は留めていない。
「降りれるか?……じゃねぇですわ!!」
ドーン!と、雷が落ちるような大きな声が響き渡った。どこか見覚えのある美女が怒りに顔を歪ませて、仁王立ちで吾月の目の前に立っている。
「こんな可愛らしい少女を糞硬い鞍なんかに乗せて、しかもなんの対策もしない!もーあり得ない。ありえませんわ!本当に男ってどーしてこうなのかしら!」
けたたましく叫んだ美女がパチンと指を鳴らすと、碑透の体はふわりと宙に浮かびゆっくりと地面に降ろされた。
驚きのあまり思わず声が漏れてしまう。
「楼蓮…。もう着いていたのか。」
「げ、楼蓮。」
嫌そうな顔で態狸が後ずさる。
吾月がゆっくりと立ち上がりながら、楼蓮と呼んだ美女に向き直る。吾月と並ぶと楼蓮の身長の高さが際立った。




