017 古い写真立て
着替えて鳴月の元に戻ると、すっかり落ち着きを取り戻したようだった。
待たせてしまったことを謝罪すると、鳴月は首を横に振った。
「胸騒ぎがしたものですから、待っている間は姫神子さまに何かあったのではないかと心配しておりました。」
一人で行かせたことを後悔しているのか、鳴月は俯いたまま話した。普段は、人の目を真っ直ぐ見て話す鳴月だ。よほどの罪悪感を感じているのだろう。
助かった時のことは話さず、湖で起こったことを鳴月に説明する。鳴月は黒い靄という言葉に反応すると、少し青ざめた様子で押し黙った。何か思い当たることがあるのか鳴月に聞くが、静かに首を横に振った。
「前にもお話しした通り、薄茜の国はわたくしの結界で外界から薄茜の国に害をなすものが入らないようにしているのです。今日は特別に手厚く守っておりましたし…。ですが、姫神子さまのおっしゃる靄はおそらく呪いの一種…本来ならばそのようなものも結界によって防がれるのです。少しわたくしに調べる時間をください。この国の中で姫神子さまがお一人にならないように吾月様に伝えておきます…。」
それからいくつか言葉を交わした後、鳴月は急ぐように帰って行った。
夜。執務室から続く吾月の部屋で、お互いの進捗を報告し合うことが日課のようになっていた。
「体調はもういいのか?」
吾月の言葉に頷きで返す。
「鳴月から聞いたのよね。体調は大丈夫。」
「そうか…」
碑透が行っていた基礎は、万物の神力を使う契約に近いものだ。神樹の現身と言葉を交わせるようになった際に鳴月から聞た。
神樹の神力を借りることができれば、薄茜の国を離れても自分で結界を維持することができる。神樹以外にもいくつか現身と話せるまでに至ったが、言葉を交わして契約ができたのは神樹だけだった。
そもそも神力が薄い物には契約するだけの力がないそうだ。
「こちらの状況は前に話した通り、草薙の剣の大まかな場所がわかったというところから変わっていない。…八咫の鏡は、神殿が管理しているようだ。」
「神殿が…」
「おれ達が調べることができるのはこの辺りまでだろう。後は決行するだけだ。」
「そうよね…。」
決行。
頷くと同時に不安が押し寄せた。自分の力ではないとはいえ、わずかながらに神力を使えるようになった。
吾月達も碑透を守ってくれるだろう。
それでも、行動に移す日が近づくにつれて気分は憂鬱になっていった。
未知の場所に赴く緊張だけではない。
いずれは八咫の鏡のために神殿に行く必要があるはずだ。態狸達が神殿に乗り込んできたときは、傷の痛みに朦朧としていたが、今回は人が傷つけあう姿をまともに見ることになるかもしれない。自分が同じように傷つく可能性だってある。
「まずは草薙の剣だ。碑透の力が本当に三種の神器全てに封じられているか知るためにもリスクが低い方からあたるのが良いだろう。」
吾月が席を立ち、街を一望できる窓辺を見る。カタっと音を立てて机に置いてあった何かが落ちた。吾月は気付いていないようだ。
「何か落ちたわ。」
拾い上げると、古い写真立てにだった。見覚えがない写真なので、伏せてあったのだろう。手に持った瞬間。ハッとした顔で、吾月が慌てて取り上げようと手を伸ばすが、思いとどまったように手を下ろした。
「この写真…。」
写真をまじまじと見る碑透を見て、吾月が顔をそらす。写真には、鳴月と少し若い態狸、燈夜、敵であるはずの陽照、そして、見覚えのない男性と一人の女性が立っていた。
否、見覚えのないというと少し語弊がある。男性側は年こそ二十代後半に見えるが、吾月にそっくりだった。
吾月の兄だろうか。
「そのうち説明しなくちゃいけないなとは思っていたんだけどな。碑透だっておれがレジスタンスのリーダーをやっていることに違和感を感じただろう。まぁ、領主ってことに関しては、家系もあるから…おれくらいの年齢でもあり得るのか。」
確かに、吾月がレジスタンスのリーダーということは聞いた時から違和感を感じていた。しかし、碑透が手に持つ写真とどういう繋がりがあるというのだろう。
「その写真に写っているのは、おれの本来の姿だよ」
碑透の疑問に答えるように吾月は言った。




