002-1 異世界での目覚め
長かったため、4話に分割しました。話の内容は元のまま変えていません。
暗闇の中、誰かが呼ぶ声が聞こえた。その声を例えるなら、陽だまりのような優しげな光ではなく、眩いばかりの閃光。遠くて聴き取れはしないが、その声の主はハッキリと碑透ひすきを呼んでいた。
(早く起きなくちゃいけない…)
重たい眼をゆっくりと開く。どのくらい眠っていたのだろう。視界に映り込むもの全てが眩しく、あまりにも強い光で目に痛みが走る。
光がようやく目に馴染むとそこには瞳があった。パッチリとした二重瞼、赤みのある明るくて大きな瞳、長いまつ毛。
そこまで考えて碑透は冷静になる。
「だ…だれっ!」
声と同時に目の前にあった瞳の主を思い切り突き飛ばした。碑透と口付けんばかりの距離に人がいたのだ。
しかし、突き飛ばした反動で、相手はバランスを崩し「あ」とか、「おっ」とか言いながら結局。
……碑透の口とぶつかった。
つまるところ、口付けた。全く見ず知らずの少年と。
「ぐぁー…いてぇっ。まぁ、助かっただけまし…か?」
唇から血を流しながら、そう放った少年に対し、碑透は意味もわからず怒りが湧き、裏拳をお見舞いした。
自分だって唇が痛かった。鉄の味が口に広がっていることを考えるに血だって出ているだろう。殴りつけて痛む手の甲をさすりながら少年に目を向けた。
少年は、あっさりと昏倒していた。目が覚めたら聞きたいことがたくさんある。この場所がどこか。碑透がなぜここにいるのか。少年が誰なのか。
しかし、ゆすって起こすほどの気持ちにはならなかった。それほどの打撃ではない。すぐに目を覚ますだろう。そう考えて、周囲に目を向ける。
その場所は、古事記にでもでてくるのではないかと疑うような様相だった。神殿といっても良いような神聖さがあった。
周りには先ほどの不届きな少年以外には誰もおらず、シンと静まり返っている。
碑透が眠っていた場所は、おそらく神殿の一番高い位置にある台座の上だった。台座を中心に階段が広がり、大きな扉から台座まで薄く青い光が道を作っている。道の脇には水路が通っている。
どうやって作ったのか想像がつかないような高い天井からは細く幾重もの金の支柱が並び、天井から流れ出す聖水は支柱を伝って水路へ向かっていた。
支柱には蔦が巻きつき、聖水を吸った葉は緑豊かに輝いている。支柱の間には灯籠が青い炎を宿し、空間を照らしていた。
碑透はゆっくりと立ち上がり、階段を一段一段と降りてゆく。不思議な空間だった。
すべてが青く、均衡の取れた空間に感じられた。道を形成する光に触れると、それは青く光る土だった。
「…木は火を生じ、火は土を生じ、土は金を生じ、金は水を生じ、水は木を生ず」
それは、碑透が母から教えてもらった五行相生というものだった。木火土金水、それぞれがお互いの力を強める…この場所は全ての気が精錬され均衡を保っている。
母は陰陽道に通じていたわけではなかったが、世界の原理として様々な分野に触れていた。
「いてて…なにかの呪文か…?」
碑透の声に目を覚ましたのか、不届きな少年が声をかけた。
「あら。お早いお目覚めで。」
皮肉を込めて返すと、少年は呵々大笑する。
「聖女だとか姫神子だとか言われているからどんな清楚なお嬢様かと思ったが…気に入った。おまえ、面白いな。」
…聖女。…姫。という言葉に疑問を抱きつつもその後の発言に碑透はもう一度拳を固めた。
「悪かったわね!野蛮で根暗で口が悪くて!しかも大好きな人に振られてこんなとこまで来て!」
自分の悪口を言いながらこの世界に来る直前の出来事を思い出して悲しみがこみ上げてくる。
目覚めた瞬間にはあまりの浮世離れした光景に、現在に起こったことなど遠いことのように思えていた。
少年はそんなこと言ってないだろうとつぶやきながら碑透に近づいた。
「俺は吾月あづき、姫の守部もりのべとして使えることになったらしい。よろしく。」
手を差し出してにっこりと太陽のような眩しい笑顔を向け、握手を求めている。姫と呼ぶわりに吾月は上からの物言いだった。
(モリノベ…?)
碑透にはうまく脳内で変換出来なかったがこの世界では一般的な用語なのだろう。碑透は差し出された手をとる。事故のような口付けを忘れたわけではないが、この世界で不安無く過ごすには従ったほうが良いと判断した。
「私は碑透。この世界にはわからないことが多いみたいだわ…あなたに聞いていいのかしら。」
「そうだな、先ずはこの場所から出ようか。俺としては、神殿のばぁさんの話も聞いておきたいしな。」
握手した手をそのままひいて、吾月は重そうな扉を押し開けた。




