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未来神話  作者: 相木 夕依
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014 姫神子の初恋

 当然のように思えるかもしれないが、物心がついた頃、碑透はすでに神社で生活していた。


 自分が、母と呼んでいる人物は血が繋がっていないと知った時のことは、はっきりと覚えている。驚きと同時にどこか納得するような気持ちがあった。幼い頃から絶対的な存在だった母に夫や恋人といった存在はあってはならないもののように感じたからだ。


 それでも、碑透は母親のことを実の母と思い慕っていたし、母親も碑透に対して実の娘と同様の愛情を注いでくれていたように感じた。それ故にショックは隠しきれないほど大きかった。母親の顔を見ることも辛く、何も考えずに家を飛び出した。


 小学校五年生のころだった。少ない荷物でたどり着いたのは、当時よく遊び場として過ごした秘密基地だった。秘密基地といっても、所詮子供の遊び場。空き地にある使われていないプレハブ小屋を無断で使っていたにすぎない。


 近所の子供達と明るいうちに遊ぶには楽しい秘密基地も、夜が近づくと暗く、薄気味の悪い場所に思えた。


 隅で膝を抱えるが、不安と悲しさと帰りたい気持ちでぐるぐると頭の中は堂々巡りをしていた。今までに考えたことがないくらいの感情が溢れ、涙は一滴も流れなかった。


 そうしているうちに夕方から夜へと時間が映り、帰りにくい気持ちの方が強くなっていた。



 突然、ガタガタと音がして扉が開いた。碑透は予想外の来訪に身構えた。そこにいたのは幼馴染だった。



(あきら)くん…」



 声には涙が含まれていただろう。

 昌は何も言わずに碑透の隣に座った。


 それだけで不安が和らぐように感じた。碑透にとって自分が神社の子供であることが当たり前であるように、昌は側にいることが当たり前、そういう存在だった。


 幼少からの友人は、仲良くなるきっかけなんて記憶にないものだが、昌との出会いについても同様だった。いつからか隣にいて、学校に行くのも学校帰りに遊ぶのも一緒だった。


 最近では友人達にからかわれることも多かったが、大人びた昌は特に気にした様子もなかった。


「…悲しいの?碑透ちゃん。」


 しばらく無言が続いた後、発せられた言葉はそれだけだった。


 頷くと同時に涙がこぼれた。一人では流れなかった涙が昌の存在でぽろぽろと溢れ出した。昌はそれ以上言葉を続けず、碑透の頭を撫でた。


「お母様が私の本当のお母様じゃなかった…。」


 口にするにはそれが精一杯だった。「そう。」と、気遣うような声で碑透の言葉に返事をして昌は何かを考え込んだようだった。


「ねぇ、碑透ちゃん。お母さんのこと嫌いになっちゃった?」


 昌の言葉に碑透は悲しい気持ちがさらにこみ上げた。大きく何度も首を振る。


 当然だが、母親のことが嫌いになったわけはなかった。当たり前が当たり前でなくなってしまった衝撃の方が大きかったのだ。血の繋がりがなければ、もし母親に嫌われてしまった時、自分は簡単に捨てられてしまうのかもしれない。それだけ、血の繋がりというものは絶対的なもののように感じた。


「碑透ちゃんのお母さん、心配して探していたよ。僕にも声をかけてきた。今もきっと街中探している。」


 昌の言葉は、碑透には衝撃的なものだった。碑透の母親は、めったに外に出ることがなかった。学校行事には可能な限り参加してくれていたが、何かに縛られるように神社の敷地外から出ることは少なかった。


 未来を見通す力を持つ母親が、それさえも忘れて碑透を探してくれている。

 申し訳なさと嬉しさを感じた。




 家に帰ると、碑透が記憶する中で初めて母親が涙を流して碑透を抱きしめた。覚悟はしていたが、その日はこれでもかというほどに怒られた。


 心配してくれていることがわかったため、その後に命じられた一週間の罰掃除も自宅謹慎も甘んじて受け入れた。


 心配なんてものは不要で、碑透と母親はもうずっと家族だったとその時に自覚することができた。


 中学に上がってからも、昌と距離を置くようなことはなかった。 相変わらず、帰り道も一緒。学校が終わってから一緒に勉強したり遊びに行ったりと側にいることが当たり前だった。


 周りから冷やかされることも少なくはなかったが、昌は否定するでもなくただ笑っていた。


 子供の頃から変わらず、大人びた雰囲気を持っていた昌は、中学に上がってからは同級生や下級生の女の子たちに騒がれるようになった。


 碑透も何度か付き合ってもいないのに側にいるな。などと、遠回しな嫌がらせを受けることがあった。不思議とそういった場には昌が都合よく居合わせて、女の子たちを冷たくあしらう姿を見ることになった。


 昌にとって自分は特別な存在だという事が言葉にしていなくてもわかっていた。そして、碑透にとっても昌は何にも変えられない特別な存在だった。



 それが恋に変わるのは自然なことだった。

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