013 万物の神力
碑透は森に囲まれる湖の畔に立っていた。湖畔の中央には小さな小島があり小島には神樹と言えるような大樹が立っている。
神力を使う練習をするのに最適だと鳴月に教えられてから足繁く通っていた。湖の色は一色ではなくオーロラのように緑や黄色の光を反射して輝いている。不思議な力があると言われなくともそう感じ取れるような場所だった。
鳴月に基本となる神力の使い方を学んでからはただひたすら基礎の繰り返しだった。自然や生き物の力を借りる方法。それは単純といえば単純で複雑といえば複雑に思えるものだった。
履いていた靴を脱ぎ、湖に足を踏み出す。冷たいとも暖かいとも言えない湖水が碑透の足に絡みつく。一歩、また一歩と小島へと足を踏み出す。湖に深さはなく、中ほどまで進んでも碑透の腰までも及ばない程度だ。鳴月が言うには、小島まで歩くことは身を清める禊のような効果があるそうだ。
神樹の前に立ち、軽く一礼する。そして、鳴月から預かった鈴のついた杖を鳴らしたあと、深く二礼。
「神に通じる幸いし神樹よ、互いの契の元どうか私にその一欠片のお力をお貸しください。身の汚れを祓い、清め、その加護の力をもって願いを叶えてください。」
そのまま、神樹の前に跪き、深く首を垂れる。
只々、時間が過ぎるのを待っていると碑透の前にいくつかの木の実が落ちた。落ちた木の実を拾う。
『私の実があなたの礎とならんことを』
顔を上げると美しい女性が立っていた。
彼女は神樹の現身という存在だそうだ。現身は人の形を成し、人と意思を通じ合わせる事ができる。現身よっては人以外の場合もあるそうだ。
『姫神子、私との繋がりもとても強いものになりました。あなたの本来の力には及びませんが、私の力は身を守る糧にはなりましょう。』
完成された美しい微笑みで、神樹の現身は碑透に話しかけた。輝くように流れる緑色の髪は、耳にかかる部分だけが長く、後ろは短い。瞳は宝石のように青とも緑とも取れる輝きを見せている。肌は透き通るように白く、儚さを感じさせた。絹のような上質な衣はその儚さをより引き立てている。
最初の頃は会話どころか存在を認識する事すら出来なかった。そこから、存在を感じるようになり、ぼんやりと姿が見えるようになり、今では会話することさえもできる。
鳴月の話では、長い時を得た存在は神に準ずる力が備わる。それは、木だけではなく、動物にも人が作った物にも、万物に起こることだそうだ。その存在と心を交わすことで力を借りる。それが、万物の神力と呼ばれるものだそうだ。
八百万の神のようなものだろうと碑透は考えている。
「ありがとうございます。またあなたの力を借りるわ。」
そう告げると、神樹の現身は笑顔を少しだけ柔らかくして頷いた。碑透が礼を言い、会釈するとその姿はいつの間にか消えていた。
練習を始めてから半月ほど経ち、万物の神力の扱いにも少しずつだが慣れてきていた。
最初のうちは、鳴月とともに練習を行っていた。神樹の現身と意志を通じ合わせる事ができるようになった時、神樹の力を借りる条件を提示して契約を結んだ。
今では神樹とのつながりを確かなものとするために、一通りの基本を一人で済ませてから鳴月の店に向かうようにしている。
吾月や燈夜も執務の忙しさを縫うように三種の神器に関する手掛かりを探してくれているようだ。
鳴月の店に向かうために、小島から岸に向かう。何度入っても湖水の温度は不思議なものに感じた。
空を見上げると、今日も青空が広がっている。この世界に来てからすでに一ヶ月が経とうとしている。そして、一度たりとも空が雲によって陰ったことはなかった。
不安になる程に…と、考えた次の瞬間、いきなり湖が深くなった。否、深くなったのではない。何かが足に絡んで碑透を湖水に引き込もうとしているのだ。足を動かして引き離そうとするが深く絡んで離れない。
(息が…)
思い切って潜って足に絡むものと対峙するしかないかもしれない。しかし、何が自分の足を掴んでいるのかと考えると怖くて潜ることが出来なかった。
悩んでいる間に大量の水を飲み込んでしまう。水中に引きずり込まれ足に絡む何かを朦朧とした頭で捉えるが、それが何かはわからなかった。
黒い靄に包まれた何か。形を成さない何かが碑透の足、太ももまで絡まっていた。息を求めて空に手を伸ばす。伸ばした手は空を掴むだろうと思われたが、何かが碑透を力強く引き上げた。しかし、大量の水を吸い込んで意識が混濁の中に落ちていった。
朦朧とする意識の中、懐かしい顔を見たような気がした。




