012 旅立ちの予感
時が止まった、ように感じた。吾月は愕然と鳴月を見つめ、鳴月は俯いていた。
しかし、固まっていた吾月は鳴月の肩を掴んだ。
「…魂を安定させるにはどうすればいい!?」
吾月の焦った姿を見るのは、碑透が会ってからこれが初めてのように感じた。鳴月に対して使っていた敬語も消えている。
「姫神子さまの力はとても膨大です。そして、神に近い力を秘めた特殊なものです…ですので、同じように神の力を秘めた神器に力が封印されていると考えられます。考えられるのは三種の神器の残り、八咫の鏡草薙の剣。これらを探すのがよろしいかと思います。」
八咫の鏡、草薙の剣と吾月は記憶に刻み込むようにに繰り返す。
「幸い、姫神子さまのお力を宿した八尺瓊勾玉があります。封じられた力を解放することはできずとも、しばらくは姫神子さまの力も安定するはずでございます。」
碑透はただただそのやりとりを唖然と聞いていた。魂が離れるという話は現実味がなく、まるで他人事のように思えた。
不思議と恐怖は感じられなかった。麻痺しているのか、自分の元いた世界で感じた罪悪感を消せるならそれでも良いと思ったのか、碑透自身にもわからなかった。
吾月が燈夜に何かの指示を出している。その様子を眺めていると不意に鳴月から声をかけられ、はっとする。
「姫神子さまにお力が戻られたとしても、その力の使い方に最初は戸惑われることでしょう。恐れながらわたくしめでお力の使い方をお教えしたく思います。」
「え、でも私の力は封じられているんじゃないの?」
率直な疑問に、鳴月は素直に頷いた。
「神力には二種類の力があるのです。一つは魂により受け継がれる生まれ持った神力。封印された姫神子さまのお力はこちらでございます。」
碑透が頷き理解していることを確認し、鳴月は続けた。
「もう一つは、万物の力を分けてもらう事によって使う神力でございます。こちらは神殿の巫女が使う物に近いものです。この二つは性質こそ異なりますが、扱い方には大きな違いはございません。お力を取り戻した時の制御だけではなく護身の力としてもお役に立てるはずでございます。」
護身の力…。反復するようにつぶやいたが、碑透は自分が鳴月や吾月のような不思議な力を使えるようになるように思えなかった。
それでも、護身の力というものを身につければ同じように大きな怪我をすることは回避できるかもしれない。
「それは願ってもない話です。」
そう答えたのは、碑透本人ではなく吾月だった。傍に控える燈夜も頷く。
「あまり守部であるおれが碑透のそばから離れることは良くないかもしれないが、おれは三種の神器を探すことにします。」
うんうんと頷いていた燈夜がはっとした顔で吾月を見る。碑透も思わず吾月を見る。ただでさえ忙しそうな日々を送っているのだ。三種の神器を探す時間があるとは思えなかった。
「吾月、それはいけません。あなたはどれだけこの地を離れていたと思うんですか。常々申しておりますが、この地を治めているという自覚を持ってください。あなたを信頼して薄茜の国にいる者達のためにも…。三種の神器は部下のものに行かせるのが…。」
言いかけた燈夜の言葉を切ったのは、吾月ではなく鳴月だった。
「三種の神器は姫神子さまにお探し頂く必要がございます。」
その場にいた全員が目を剥いた。吾月はすぐにその言葉に異を唱える。
「何をおっしゃるんですか。この地は特定の者のみ入ることができる隔絶された土地。結界を張ったご本人である鳴月殿ならご存知でしょう。碑透を薄茜の国の外に出せば神殿のものに感づかれるのではないですか。」
吾月の取り乱した様子からも、この短い時間で碑透を大切に思う様子はこの場にいる者ならば伝わっていた。そこに、甘い感情が伴っているかどうかは分からないが…。
鳴月は変わらない優しげな笑顔を吾月に向けた。
「三種の神器の持つ力は姫神子さまと同じもの…とても強力な神力を持ちます。姫神子さま以外の…ただびとでは危険が及ぶ可能性もあります。吾月様にはどうぞ三種の神器の手がかりとなる情報を探していただきたく存じます。それまでに居場所を特定されないための術も併せて姫神子様にお教えいたしましょう。」




