008 不思議な力を持つ少女
「私が姫神子だと知っているの?それにいきなり物なんてもらえないわ。」
少女が控えめに笑う。笑い方すらも神秘的に感じる。
「はい、姫神子様は覚えていらっしゃらないでしょうが、わたくし達は初めてお会いしたわけではないのですよ。」
そう言うと、少女は碑透に近づき、左腕に触れて微笑んだ。今は何の痕跡もないが大きな傷をつけられた場所だった。彼女が触れるとやさしい暖かさに包まれるように感じた。
「申し遅れました。わたくし、鳴月ともうします。姫神子様が傷で寝込まれた際には、治療に当たっておりました。傷痕ももうすっかり無くなったようで、なによりでございます。」
鳴月の自己紹介に驚いて思わず固まってしまった。
吾月が傷痕を消した時に気付くべきだった。碑透が寝込んでいる際に腕の傷を治した人が居たのだ。そんな人物に碑透は御礼の一つも言えていなかった。
次いで、店の外をじとっと見てしまう。何も言われなかったが、態狸は碑透と縁のある人のお店だと知らなかったのだろうか。吾月の屋敷に出入りするような人物なら知らなかったとも思えない。
「えっと、丁寧に挨拶ありがとう。私は碑透よ。多分あなたの言う姫神子。鳴月さん、怪我の時はお世話になりました。知らずにお礼が遅れてしまって…」
頭を下げようとすると、姫神子様に頭を下げていただくなどとんでもないと押しとどめられる。
「お気になさらないでください。当然のことをしたまでなのですから。わたくしのことはどうぞ、鳴月と呼びつけてくださいませ。」
鳴月の声は、店内の香りと同じように甘く優しい。妖艶とは対極にいるような少女。幼さは感じるが、男女問わずに魅了する雰囲気には違いない。鳴月は、もう一度碑透に首飾りを持っていて欲しいと続けた。
「わたくしは人と人、物と人との縁が見えるのです。そして、この首飾りには姫御子様との強い繋がりがあるのです。今日、姫神子さまにお会いしてお持ちいただくべきものと確信いたしました。」
不思議な力を持つ鳴月だ。碑透にが持っているべきものというのは疑う必要はないだろう。しかし、縁とはどういったものだろうかと碑透が首を傾げる。その間に鳴月はそっと手から首飾りをすくい取り、碑透の首にかけてしまった。
「この首飾りは、どうか人目に触れないよう、肌身離さずに身につけてくださいませ。」
首飾りの先にある勾玉に触れる。気のせいか暖かいように感じた。鳴月にせめて何かお礼をと言うが、やんわりと断られてしまった。
なんとなく手に取っただけだったが、身につけると肌になじみ、付けていないよりもつけていることの方が自然体に思えた。青色の勾玉。この世界に溢れる色。
「そういえば…この世界では『青色』は特別な意味を持つ色なのかしら?神殿でも見かけたし…私の瞳も髪の色も元の色とは違う青色になってしまったの…って、鳴月に聞くことじゃないのかも知れないけれど…。」
つい目の前にいる鳴月に聞いてしまう。鳴月は碑透の問に答えてくれるように思えたのだ。神殿の巫女と呼ばれていた玲郭も同じように物事を見通すように思えた。
「私で分かることでしたらなんなりとお聞きくださいませ。…姫神子様のおっしゃる通り、この世界で青色は特別な意味を持ちます。青は魂の色と言われています。青には神力が宿り、青色を身につけることで神力を高めることが出来ると言われているのです。姫神子様の御髪や瞳の色が青色なのは、潜在的なお力の強さの現れでもあるのでしょう。ただ、その様な髪や瞳はよく見るものではないので沢山の人がいる場所ではお隠しになった方が良いかもしれませんね。」
姫神子としての力。それはどれだけ大きなものなのだろう。碑透自身、自分に何か変化が起きたとは思えないし、元々そんな不思議な力など持っていない。記憶の限りでは間違いない。今ならはっきりと言えるが、自分は異世界に行くのだと夢見がちな子供だった。しかし、現実は平凡から離れることはできなかった。母親のような特別な力もなく、平凡に学生生活を送り、友達と遊び恋をした。
考えると不安が生まれる。この世界に碑透が呼ばれた意味は本当にあったのか。もし、何もできない平凡な自分のまま、この世界に滞在し続けることになるとしたらどうなるのだろう…。
「不安に思われているのですね。それも当然のことです。」
不安はそのまま碑透の表情に出ていた。
優しく甘い声。その声と雰囲気は、不安を預けてしまいたいと思うほどだ。
(当然…?)
断言するのだから、何か確信するものが鳴月の中にあるのだろう。碑透は聞き返すべきだろうかと、思案する。
「…鳴月は不思議な人ね。怖いくらいになんでも話したくなってしまうもの。でも、外で人を待たせているから、そろそろお暇するわ。」
優しそうと感覚で判断して甘えてしまうことは良いことではない。甘えるということは、油断している証拠でもある。怖いと感じないからといって、怖いものではないとは限らないのだ。中学のクラスメイトにもそんな子がいた事を思い出した。一見、抜けていて人からいじられるような人柄の女の子だ。その態度から何も考えていないのではないかと見て取れた。実際、彼女は頭が良くあからさまに取れる態度で、先生から贔屓されていた。にも関わらず嫉みの対象にならず、クラスに上手く溶け込んでいた。贔屓されるような瞬間を人に見せなかったことも理由にあるかもしれないが、彼女は自分を道化に見せることで他を欺いていた。碑透は彼女のあざとい瞬間を不思議と垣間見る機会があった。鳴月の見せる態度、雰囲気はあざとさを見せることはない。疑うことは良いことではないが、「油断」は、知らない世界に来たばかりの碑透にとって危険に思えた。
(鳴月は当然というのは、私の不安をも分かっているということなのかしら。もしそうなら、その理由も知っているのかもしれないけれど…。)




