007 姫御子の首飾り
「姫さん、嬉しそうだなぁ。よかったよかった。」
隣では、態狸が子供を見るような微笑ましそうな顔をしている。その表情に碑透の好転していた機嫌が少し斜めに傾く。初めて出歩くのに一人では不安もあるだろうとお供を付けられたのだ。くまのお供。態狸を見ると少し金太郎のような気分になった。しかし、改めて商店の並ぶ大通りを見ると、そんな機嫌もあっという間に持ち直してしまう。
通りは見たことのない食べ物や雑貨で溢れている。街は活気付いており、ぶつからないように歩くのに苦労する。今歩いている幅の広い道は、石造りで綺麗に舗装されている。少し先にはモザイク調にタイルが敷き詰められた広場が見える。露店のいくつかでは、クレープやたこ焼き、お団子など食べ歩きできるものが売っている。空腹時なら思わずお財布に手が伸びてしまうだろう。食べ物は碑透の元いた時代とそれほど変わらないようだ。立ち並ぶ店の一つで足を止める。
「何か気になるもんでもみっけたか?」
態狸の問いに首を横にふる。気になったというほどではなかった。というよりも、碑透にとっては全てが真新しい。目にするものは何なんでも気になる。
立ち止まったのはアンティークな雑貨を扱う店だ。色とりどりの石を散りばめた髪飾りやネックレス、キャンドルや花瓶など様々な雑貨が店先に並んでいる。店内は西洋風のものが多いようだ。キャンドルが焚かれているのだろう。ラベンダーやシトラス、ゼラニウムのような香りが漂っている。
「いい香り。雑貨屋さんなのかしら…ちょっと見てもいい?と言っても、お金は持っていないのだけれど…。」
態狸に頭をぽんぽん、いや、ボフボフと叩かれる。本人は軽く触れているつもりだろうが。ボサボサになった髪の毛を慌てて整える。外出してからずっとこの調子だ。微笑ましそうな表情がなんとも癪に触る。
「好きなもんを買ったらいいじゃねぇか。金なんて俺が出してやるよ。まぁ、実際に出すのは吾月だけどな。気分転換に何でも買ってやれって言ってたぞ。お兄さんがなんでも買ってやるぜ。」
やはり、わかりやすく子ども扱いをされている。大人として扱って欲しいとは言わずとも、明らさまな態度を取られるといい気はしないものだ。
「ありがとうおじさん。なんでも買ってくれるなんて優しいのね!」
碑透の怒りがブレンドされた冷ややかな声音にさすがの態狸も固まる。いや、どちらかというと皮肉を込めて言った「おじさん」という発言に硬直しているのかもしれない。「おじおじ…」と壊れたラジオのように呟いている。実際、態狸はまだおじさんというような年齢ではない。しかし、そう呼ばれることに敏感な年頃にも見える。もちろん、碑透は分かっていてあえて口にしていた。態狸には、酷いことを言っても許してくれそうな包容力があるのだ。子供扱いして欲しくないと思いつつ、結局子供のような態度を取っている。矛盾に気付き、碑透は自分が情けないように思えてきた。
「…冗談よ。おじさんなんて思っていないわ。気のいいお兄さんだと思ってるから。」
背伸びしても態狸の頭には届かないので、腕をぽんぽんと叩く。「元気を出して」そう伝えるつもりで。
一歩店に踏み込むと、キャンドルの香りは外より一層濃く感じた。爽やかな香りも、強ければ鼻を押さえたくなる。そうなるだろうと思っていたが、まるで甘い蜜に囚われたような感覚に陥った。不快ではなく不思議と心地よい気持ちになれた。
しかし、態狸は同じようには感じなかったのだろうか。苦い顔をし、外で待つことを告げられる。店内は碑透の他に客がおらず、異様に静かに感じた。店の入り口は開いているはずだが、外の喧騒は届かなかった。
「…落ち着くわ。」
碑透は静かな場所が好きだった。自宅の庭を思い出すのだ。長い石段を上った先にある神社。平日の夕方を過ぎると、訪れる人はそう多くはない。神社とは総じて早い時間に終わるものだ。朝は早いが夜も早い。碑透の家も夕方には門を閉めていた。神社に仕える者からは、陰の気が濃くなるため、あまり暗い時間に外にいることはよくないと言われていた。それでも、静かな神社は安らげる場所だった。その時間のほとんどは、一人ではなく幼馴染と一緒だった。
「そう言ってもらえて嬉しいです。」
突然声をかけられる。気付くと人が立っていた。碑透の「落ち着く」という言葉に対してだろう。なぜか人がいるとは思わなかった。考えてみれば、お店の人がいて当然のことだった。長く黒い髪を一つに束ねた、同じ年頃か少し幼いくらいの女の子だった。首の辺りで一つ括り、腰のあたりでもう一度髪を括っている。瞳は吸い込まれそうなほどに黒く、肌は透き通るように白い。神秘的な容姿は、どこか神社の巫女を思い出させた。碑透の母や神殿の巫女は緊張感のある空気を持つが、目の前の少女はどこか暖かい柔らかな雰囲気を持っていた。
「いらっしゃいませ、ゆっくり見ていってくださいませね。」
思わず見とれてしまい、惚けているともう一度声をかけられる。はっとして慌ててお礼を返す。少し落ち着かない気持ちで商品を見ていく。少女を見たからか、ちょっとしたアンティーク雑貨と思っていた物が何か意味のあるものに思えた。碑透自身、自分に力があるとは信じられないがネックレスにも髪飾りにも、花瓶でさえ何らかの力を秘めているように思えた。
特に意味はなかったが、一つの首飾りを手に取る。重みはなく簡素な造りのものだ。飴玉程のガラス玉を中心にして、透明な石が3つずつ連なっている。飴粒大のガラス玉は尻尾がついたような形になっている。元の世界でも見たことがある。勾玉のような物なのだろう。首飾りを見ていると後ろから、まぁ…と驚いたような声が上がる。振り返ると、先ほどの少女がこちらを見て少し難しい顔をしており、碑透の視線に気づいて微笑んだ。不思議に思い首をかしげると、謝られる。
「どうやらその首飾りは、あなた様が持たなければならないもののようです。…姫神子さま。」
姫神子と呼ばれ、思わず驚きをそのまま顔に出してしまった。碑透は自分が姫神子であることはもちろん、名乗ってすらいなかったはずだ。お供が付いているとはいえ、態狸は外で待っている。碑透を「姫神子」と判断できるものはないように思えた。彼女の不思議な雰囲気と吸い込まれそうな瞳は、全てを見抜く力があるようにも思えた。吾月のように傷を治す力があるのなら、人を見抜く力を持つ人がいてもおかしくはない。




