006 神子の力
「まぁ…いいわ。それで、私はどうすればいいの?何もしないで閉じ込められるなんて、そのうち体が錆びついて動かなくなっちゃうわよ。」
十日何もせずに過ごすのはとても苦痛だった。だらだらと昼寝して本を読みながら過ごす時間は元の世界では至福の時のようにすら感じたが。この世界ですることといえば寝るくらいだった。無為に過ごしているようで、もどかしい気持ちになっていた。
「どうすれば…か…。俺たちがレジスタンスと分かっていて、そう言っているのか。」
吾月に念を押され、はっとした。レジスタンスに味方をするということはどういうことか、深く考えていなかったかもしれない。吾月を選んだことを間違いとは思わない。自分を喚んだ神殿に反していたとしても、碑透は自分の意思で選んだ。正直、今話した時点では吾月の言っていることが正義かどうかはわからない。もしかすると、正義なんてないのかもしれない。過ちを繰り返したくないという神殿の思いも理解できる。それでも、吾月たちに味方したいと思えた。
「痛むか?」
吾月に問われて、無意識に腕の包帯を弄っていたことに気づく。神殿を離れる際につけられた傷だ。触る程度なら痛みはない。改めて、そんなに浅い傷だったかと疑問になる。
「痛くないわ。すごい傷になったと思ったのに不思議。」
吾月が碑透の側に近づき、「見せてみろ」と腕を取ると言うと、スルスルと包帯を外してしまった。目を覆うほどではないが、長く赤い線が腕に刻まれている。痕になるだろうか…そう考えていると、吾月が傷口に触れた。
「え、なに?」
聞くのが早いか、吾月が触れた場所が青く薄い灯りを放った。その光はどこかで見たことがあるように感じた。ぼんやりと、どこで見たのかを考えていると、不意に腕の痛みが消えた。見ると、傷痕が跡形もなくなっていた。
「これが、神子の力だ。と言っても、俺はそれほど強い力があるわけじゃない。出来るとしてもせいぜい、小さな傷や治りかけの傷を消したり、病の治りを早くする程度だ。姫神子ならもっとすごいことが出来るはずだぞ。」
思わず目を丸くする。まるで魔法のようだった。碑透の知る世界には存在しない力だ。少なくとも、見たことはない。それを自分にもできると言われているのだ。
「もし、まだ迷いがあるのなら、今は神子の力を使うことに慣れるといい。どうするかはその後で決めたらいい。」
続けて「敵になるのは避けたいけどな」と、苦笑いする。そうは言いつつも、吾月も碑透が神殿に戻ることはないと思っているだろう。碑透に「迷いはない。」と、そう言い切れるだろうか。感情の問題だが、吾月についてきたことを間違いだとは思っていなかった。しかし、吾月達のしていることを具体的に知ったわけではない。もしかするとレジスタンスの仲間になるには、戦いで血を流したり、直接的にしろ間接的にしろ誰かを殺したりしなければいけないのかもしれない。碑透にはそんな覚悟は微塵もなかった。人に傷を負わせることも、ましてや殺すなどもってのほかだ。吾月は、その想いを汲み取ってくれたのだろう。
「神殿に味方しようという気は無いわ…それは絶対と言ってもいいと思う。だって吾月達と戦うことになるのは嫌だし、自分を傷つけるような娘がいるところになんて戻りたくないわ。でも…考える時間をもらえるのは助かる。」
もう、傷痕すら残っていない腕を撫でる。痛みよりも、傷をつけた少女の表情を思い出していた。何かに酔ったような恍惚とした表情だった。思い出して背筋に冷たいものが走る。
「私の血には…」
何か意味があるのか。そう言いかけたが、言葉は続かなかった。もし恐ろしい力があるのなら利用されないとは言い切れない。「血がどうかしたのか?」と、吾月が不思議そうに尋ねてくる。「姫神子の血」少女は確かにそう言っていた。吾月は聞いていなかったのだろうか。もし何か知っていたとしても、言わない可能性だってある。もやもやと心の中にスッキリしない気持ちが広がる。曇っていく碑透の表情に吾月は戸惑いをみせる。
「血がどうかしたのか?まだ傷の痛みがあるのか?」
改めて聞かれる。碑透には吾月に裏はないように思えた。初めて会った時から、吾月のことは信用しても良い人物に思えていた。それは、感覚的なもので何か理由があるわけではない。
(初対面の印象のせいかしら…)
初めて吾月と会った時のことを思い返し、恥ずかしさが込み上げる。
「…なんだか…吾月を殴りたくなったわ」
「え!?おれ、今何かしたか?」
当たり前だが、碑透の思考についていけない吾月は、さらに困惑しているようだ。吾月は何もしていない。むしろ傷を治してくれたくらいだ。少しひどい仕打ちかもしれない。出会った時に唇が触れたことだって、碑透が突き飛ばしたせいで起きた事故だった。思い返して頬が紅潮するのを感じる。いったん深呼吸して気持ちを落ち着ける。
「何でもないわ。なんだか考えすぎていたみたい。吾月に聞いてもいいかしら。」
「殴られるような理由があるなら是非聞いておきたいな。嫌われるのは辛いし、善処する。」
明らさまにしょんぼりとされ、罪悪感が湧く。嫌ってはいない。思い返せば、一緒に過ごす時は、いつも碑透を気遣ってくれていた。言葉遣いは偉そうだが、対応も紳士的だった。歳が同じくらいに見えることで親近感もある。嫌うどころか、結構好きかもしれない。恋愛感情とは違うが、信頼していいと思える程度に好感を持っている。
「吾月のことは嫌いじゃないわ。そうじゃなくて…。私の血には何か意味があったりするのかしら。斬り付けてきた子、『姫神子の血』って言っていたと思うの。吾月は何か知ってる?」
「姫神子の血」と呟き、吾月は考え込んだ表情をみせる。
「そうか…。つい碑透の傷に気を取られてしまったが、そんなことを言っていたのか。少なくとも俺は、姫神子の血に不老長寿や特殊な力があるという話は聞いたことがない。つまり、碑透の血を求めて通りすがりの人間が襲ってくるなんてことはないと思って大丈夫だ。」
胸にもやもやとしていた不安が少し消える。何も気にせず聞いておけば良かったと少し反省した。
「ただ神殿は姫神子に関する情報をこの国以上に持っているだろう。この国に神殿の人間が来ることは無いと思うが…。用心したほうが良いかもな。」
用心というが、屋敷からも出してもらえないのに何を用心する必要があるだろう。思わず不満が顔にでてしまう。碑透の不満そうな顔が可笑しいのか、笑いながら吾月が言葉を続ける。
「はは、おれの軟禁状態も解けたからな。だからといって常に一緒に行動できるわけじゃないが…碑透の傷も治ったようだし、外出が出来るように態狸や燈夜にも伝えておこう。」
カップに少しだけ残っていた紅茶を飲み干すと、吾月が立ち上がった。この部屋で吾月に会った時と比べるとだいぶ顔色が良くなったように感じた。それでも、ほとんど寝ていないことには変わらないはずだ。
「ありがとう。でも吾月、あなた寝たほうがいいと思うわよ。まだ顔色が良くないもの。」
早く、開放されたいという気持ちはあったが、吾月の睡眠を待てないほど緊迫する問題ではない。それに、自分にはいつまでに何かをしなくてはいけないという期限はない。学校に通っていた頃はたくさんの期限に縛られていた。宿題の提出。授業時間に休み時間。試験期間までの勉強。夏休み。すべてのものに期限があったように思う。この世界に来て、すべての制限から解き放たれた。予定外に自分の体からも解き放たれてしまった。とにかく、今の碑透は自由だった。急ぐ必要はない。吾月は態狸と燈夜に碑透の外出の許可だけ出してからすこし眠ることを告げ、すぐに執務室から続く寝室に行ってしまった。碑透は、吾月の言葉のおかげですぐに外に出る許可が出た。




