005 薄茜の国
「領主なんだ。この国、薄茜の国の。それから、レジスタンスのリーダーだ。」
改めて、言われる。しかも、一層不可解な言葉を付け加えられて。
「ちょっと待って、領主で仕事っていうのは置いといて。レジスタンスってなに!?しかもリーダー?」
頭は混乱の渦中だ。レジスタンスという点については、考えていないことではなかった。玲郭はこの国を治めている。そこに突然殴り込んで来た態狸。反乱分子としか思えない。しかし、態狸も燈夜も年齢は、20代前半から中頃に見える。吾月はどう見ても10代中頃だ。童顔で幼くは見えるが、どう上に見ても碑透の一つ二つ上が良いところだ。
「意味がわからないわ…。」
「レジスタンスの意味がか?」
驚きで発した言葉に見当外れの返答をされる。思わず脱力するが、ノックの音を聞いて身構えた。ここが吾月の言うとおりレジスタンスの拠点となるのなら問題ないだろうが、大きな声で言えるような話とも思えない。「どうぞ」と、警戒心のない声で吾月が返事を返す。燈夜がお茶をお願いしたのだろう。若い女性が碑透の座るテーブルと吾月の執務机に紅茶をおいた。そのまま礼をして部屋を退室する。カップに口をつけるとラベンダーのような香りがした。疲れが溜まった吾月への気遣いもあるのだろう。落ち着いたところで話を再開する。
「理解できないのは、吾月が領主でレジスタンスのリーダーって事がよ。だいたいなんでレジスタンスなんてしているの?」
単純に疑問だった。自分が何から世界を救うかという点もあやふやではあったが、自分を呼んだのは神殿だ。吾月にとって自分は悪いこと…敵になるのだろうか。
「悪いこと…か。そういう意味では、確証がない。碑透に『この国を何から救えばいいか』と聞かれた時にもそう答えたな。予想外に態狸達が早く着いてしまったからな。もともと、神殿の内情を探るために守部候補として潜り込んだんだが…結局神殿の真意は掴み切れなかった。碑透は、神殿のばあさん…玲郭から、キメラと蒼清の姫神子の話を聞いていたよな。玲郭は、蒼清の姫神子がどうなったかは分からないと言ったが…そうじゃない。」
「え?吾月は蒼清の姫神子がその後どうなったか知っているの?」
神妙な顔で頷かれる。
「蒼清の姫神子は、キメラと交わることで瘴気を薄めたんだ。そうして、蠱毒から日の国全体を解放したと言われている。神殿は…その事実を隠蔽しようとしている。」
キメラという存在をこの世界から抹消する為に。苦々しげに口にし、意味ありげに窓の外をみた。その意味を碑透も理解することができた。吾月によると、薄茜の国に住む規格外の人間たちはキメラの血によるものだった。神殿が抹消しようとするということは、迫害された人もいるのだろう。しかし、吾月やさっき会った燈夜などは人と変わるようには見えない。
「吾月も人と違うところがあるの?」
突拍子もなく言ってしまった言葉だったが、あまりいい聞き方ではなかったと後悔した。体が大きいことも動物のような姿もこの国では普通のことのように思える。人と違うといった言い方は、彼らは人じゃないように見えるという意味にもなる。「ごめん…悪い意味じゃないの。」と、言い訳のように謝るが、吾月は全く気にした様子もなく笑った。
「気にすることはない。この国では人と違うというのは褒め言葉なんだ。普通なんてつまらないだろう?おれは、蒼清の姫神子の血が濃いんだ。身体能力が高いし、少しだが…碑透と同じ神子の力が使える。まぁ領主というのは領主の血を引いているからだが…。まぁ、身体能力なら態狸の方が断然上だし、神子の力なら燈夜も使える。つまり『普通の人間』ってやつだ。」
吾月は楽しそうに話す。碑透のいた時代では、他と違う人間は自然と爪弾きになっていたように思う。一般的ではない意見は認められず、みなが同じになるように育つ。それが学校だった。生まれた国が違う、勉強ができない、話し方がゆっくり、家の事情ですぐに帰ってしまう…たったそれだけで…そんな些細な違いでイジメが生まれることもあった。碑透にも身に覚えがあった。
「少し…ここが好きになった気がするわ。」
そういうと、吾月は照れたように笑う。何故好きと言われたのかは分かっていないようだが。
「まぁ、存在を抹消するとは言っても、今はここに神殿の人間は入ってこれない。大昔に日の国から独立して、何百年も住処を分けていたんだ。とは言っても日の国の一部…から外れてはいないんだろうな。神殿の人間も薄茜の国の存在は認知しているだろうが、この国を覆う結界で辿り着くことはできない。それに、守部に選ばれる予定はなかった。そっと抜け出す手はずだった…予定外に長引いてしまったもんだから強硬手段が取られたという訳だ。」
はは。と、笑うと吾月は一つ呼吸を置いた。内部の状況を探るために忍び込んだだけのはすが、守部になってしまった。その上、当の碑透は十日間も寝込んでしまったのだから想定外も良いとこだろう。燈夜達がやきもきして突入を支指示してしまうのも仕方がないことのように思える。
「でも、リーダー自ら乗り込むなんて普通許されないでしょ?燈夜だっておかんむりだったじゃない。」
「そうだな。普通止めるよな。」
吾月は碑透の言葉に言い訳するでもなく肯定した。キメラの血を継いだ人たちへの迫害が原因なら何故、吾月達は日の国の反抗勢力として戦うことになったのだろう。次々と浮かぶ疑問に碑透はリーダー自ら乗り込んだことについて言及するのは控えた。吾月自身反省しているはずだ。
「この世界は、神によって文明を隠蔽された。そう、玲郭が言っていたんだが覚えているか?」
吾月の質問に頷く。文明によって終わりかけた世界。この世界には機械も無ければ、医療も充実していないように思えた。しかし、それがどう関わってくるのだろう。吾月たちと敵対する理由としては何も浮かばなかった。
「日の国では…病になったり怪我をしたりすると神殿に行くんだ。本人や親族が神に祈ることで病が治癒する。怪我は巫女の力が使える人間が治療に当たる。神殿に仕えていれば神殿の巫女同様に神と人の仲介として神力を使うことができるんだ。」
「へぇ…神様が存在していると、神様ばかりに頼ってしまうのかしら…医療が発展することはなかったの?」
単純に疑問だった。いくら文明が消えたとはいえ、何度でも築き上げれば良いと思えた。忘れたならまた一から学ぶ。それが出来ないのは、神力に甘えて学ぶことを忘れてしまったからだろうか。人間が学ぶことをやめてしまうのは想像つかない。人は放っておいても考え続ける生き物の筈だ。
「そうだな…人間は学ぶことを止められない…。事実、研究者もこの世界に居る。」
じゃぁどうして。その言葉は吾月の表情を見て消えた。苦痛な表情…そうとしか言えなかった。
「研究者は神の加護の元、神殿によって罰せられる。病を治すのは神の仲介が出来る巫女だけでいい…そういう名目で、連れ去られて帰ってきたものはいない。研究は、この世界では異端とされているんだ…」
「…過ちを繰り返さないため。そういうことなのかしら…。」
「そうかもしれないな…だが、生きていくために必要な知識だってある。無下に殺されたり引き離されたりする謂れはないだろう。それが神殿の対抗勢力を作った理由でもある。まぁ、元は俺が作った組織じゃないが。」
人は学ぶ生き物だ。吾月はそう続けたが、学問に対する弾圧はレジスタンスが出来るきっかけになるようには思えなかった。確かに、学ぶことを制限され、家族と引き離されれば対抗勢力も生まれるだろう。レジスタンスが存在するのも頷ける。しかし、吾月たちとはいまいち結びつかないように思えた。
「神殿に反抗する理由はその一つなの?」
碑透の問いに吾月は困ったような顔をする。
「そうだな…迫害されてきた俺たちと、研究によって弾圧されてきたレジスタンスの考えが合ったと思ってくれればいい。今は。」
吾月答えはいまいち腑に落ちなかった。しかし、聞いても何も答えてはくれないだろう。




