表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

悩みの櫓 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 ねえねえ、友達ってどうしたらできる?

 

 ――そうやって人に聞いて作った友達は、友達じゃない?


 あたた、きついことをおっしゃるっすねえ。新年度からの環境が不安で不安でしかたないっちゅーのに、その突き放しかた。

 あれか? 小説の中で出てくる、ニヒルな兄貴分ポジション! あの真似っこでしょ!

 いやあ、リアルでそれはきついっす。このごろ辛いことが多くて、真正面からツンツンした態度を受け止められるほど、余裕がないなあ。時代はとろけそうなくらいの、デレデレデレで頼みたいところなんだよ、こーちゃん!

 はああ、新しい環境が待ち受けていてもいなくてもさあ、悩みの種がつきないんだよねえ。

 友達、学校、テストの成績……常に相手と比べて、ときには顔色をうかがわなくちゃいけない。悩みなんざゼロの世界にあこがれちゃうんだよなあ。

 でもね、どうやら適度に悩まないとまずいことがあるみたいなんだ。そう考えるようになったのも、ちょっと昔に友達が体験したことがあったからなんだけどね。


 今から数年前の友達も、悩み事に胸が潰されそうだったらしい。

 僕と同じように、新年度を迎えてからの友達関係に悩んでいたそうだ。自己紹介の補正がかかっている数日間は、お互いフックになって、とっかかりしやすいっしょ? 経験ない?

 友達はその大事な一の太刀を打ち込みそこねた。こうなると多かれ少なかれ、仲良いコミュニティができちゃって、割って入りづらくなる。

 こうなると、外から入るのって難しいんだよねえ。共通の話題があれば助かるけど、付け焼刃の浅い知識だと、かえってニワカだと蔑まれるしなあ……。

 そうなると勉強なりスポーツなりで、結果を出して一目置かれるのがいいのだけど、それもなし。その日もろくすっぽクラスメートと話せないまま、下校の時間になった。この間も、仲がいいグループ同士で固まって帰る姿がちらほらと見える。


 ――くっそ。俺もあの中に混じりてえ……。


 誰がどうだ、というのはこの際、問題じゃなかった。ただひとりでいる状況が嫌だっただけ。混ぜてもらえるなら、どこでも構わなかったんだ。

 でも、声をかける勇気は生まれなかった。声をかけて、もし突っぱねられたらと思うと、どうしても二の足を踏んでしまう。

 けっきょくその日も、友達はひとりでとぼとぼと家路をたどっていた。


 その自宅の近くへ来た時だ。うつむき気味で歩いていた友達だけど、さすがに顔をあげる。

 ひと目見て視界に飛び込んできたのは、いつも暮らしている我が家じゃなかった。


 それは櫓のように見えた。周りの家々をはるかに上回る高さで立ちふさがっている。すべてを炭で作ったんじゃないかというくらい、どす黒い図体を持っていた。

 思わず足を止めた友達は、両目をごしごしとこすってもう一度見直す。するともうそこには、いつもの門扉と壁と屋根を持つ、我が家の姿があったんだ。

 見間違い? とも思って玄関の戸を開けても、内部は勝手知ったる我が家のもの。その日は問題なく過ごすことができたんだ。


 ところがその日を境にして、友達は毎回、櫓に姿を変える自宅の姿を目にするようになった。

 初めは家のすぐ近くに来るまで気がつかず、また目に映るのもまばたき同士の間くらいの、短い時間だったとか。

 それが日を追うごとに、ひどくなっていく。一週間が立つ頃には、数百メートル離れた交差点からも確認できるようになり、見える時間の秒数も増えていったらしい。

 両親に相談しても、にわかには信じてもらえない。明日の朝に眼科さんへ行こうといわれたけど、おばあちゃんは違った。夕食後に自分の部屋へ友達を呼んで問いかけてくる。

「あんた今、どえらい悩み事があるんじゃないか」と。


 友達は目を丸くしたけど、悩み事があることは伝えた。だけどそれが、どんな悩みなのかは話さなかったらしい。

 誰かの、特に家族の力を借りて解決しようとは思えない。自分の弱点をさらすことが、何よりも嫌に思う時期でもあったから。

 言いたくないことを悟ると、おばあちゃんは小さく息をついてから、友達に告げる。


「話したくないなら、それでいいわ。だけどその悩み、たとえ解決する時があっても、何もかもを手放しにして喜んではいけないよ。

 あんたの見る櫓は、あんたが思い悩んだ時間と、その犠牲になったものたちが作っているものだから。常に彼らの重さを背負っていることを忘れちゃいけないのよ」



 そうおばあちゃんからアドバイスを受けて、数ヶ月が経った。相変わらず櫓は見え続けたけれど、この時期に校内で行われていた球技大会で、友達は思わぬ活躍をする。

 ソフトボールの試合、最後のフライをとって勝利に貢献したんだ。決勝戦だったし、表彰もされるしで、一気にちやほやされた。

 今まで最低限の関わりしか持てていなかったために、友達は心底嬉しかったらしい。球技大会のこと以外も、いっぱい話をすることができた。

 これまで話すことができなかったぶん、人が変わったように話を振ったし、よく聞いた。

 やっとクラスの一員になることができたんだって、心の中で涙を流したいほどだったらしい。

 

 ほくほく気分の友達だったけど、それに気を取られたまま、家の姿をろくすっぽ確認する

ことなく、玄関をくぐってしまったらしい。

 気づいた時には遅かった。目の前の廊下。左隅にある登り階段とおばあちゃんの部屋の戸。右手にある台所への入り口と、奥の風呂場への入り口。玄関から確認できるすべての場所と壁が、黒一色で覆われていたんだから。

 立ちすくむ友達の前で、それらは一斉にどろりと崩れる。もちろん、天井の部分でさえも。

 頭、肩を次々に叩かれ、押し倒される友達。それにも飽き足らず背中を無数のボールたちがぶつかってくるかのような感触。

 目も閉じていないのに、友達の視界はもはや真っ暗になり、ただ痛みの感覚がなくなるのを待つばかりだったとか。


 友達はその後、部屋で布団に寝かされている自分の姿を認める。

 あとでやってきた母親曰く、玄関で突っ伏しているところを運んだのだとか。

 身体は一日経ったら動かせるようになったけど、背中と肩には、これまでなかった大きなほくろがいくつもできていたみたい。ひょっとしたら頭皮にも。

 きっとつもりにつもった悩みたちが、元のように自分の中へ戻っていったんだろうと、友達は感じているとか。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
気に入っていただけたら、他の短編もたくさんございますので、こちらからどうぞ! 近野物語 第三巻
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ