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「クロエ!出迎え有難う。君が居るだけで帰ってきた甲斐があると思ってしまった」
「単純な男性なんですね、アラン様は」
二人は軽口を叩きながらエントランスホールを抜けて階段を上がる。
この一カ月でクロエはアランを名で呼ぶ様になり、アランはクロエの腰を抱いて歩く程に関係は詰まっていた。
しかし、まだ二人は寝室は別だ。
一線は越えずに親しい歳の離れた友人の様な関係を築いていた。
「アラン様、領地は如何でしたか?」
クロエが背の高いアランを見上げる様に伺うと、アランはにっこりと微笑んだ。
「ああ、概ね良好だ。君と婚姻を結んだらいずれ連れて行きたいと思う。少し遠いが、馬車の旅は嫌いか?」
「いいえ。旅行は大好きです。普段と違う景色を見ながら馬車に揺られる旅は大好きです」
「それは良かった。しかし、農地がメインで何か観光資源を作れたらと思っているが、なかなか良いアイディアが無いんだ」
「観光資源、ですか。難しい問題ですね。でも少し考えがありますよ」
「ふん?どんな考えだ?」
「聞きたいですか?」
「是非聞きたい」
「タダじゃ無理ですね」
「ふふっ、タダじゃ知恵は出してくれないのか。冷たい婚約者だな。ふふふ、金か、金が欲しいのか?」
肩を揺らしながら笑うアラン。
「アラン様、この貸しは高いですよ」
二人は笑いながら、悪巧みを考える幼な子の様に、アランの執務室に入っていった。
★
良く晴れた日の午後の事だった。
二人で庭に出てお茶を楽しんでいた。
「婚約披露パーティーですか?」
クロエは首を傾げながら聞いた。
「ああ、そろそろかなと思ったのだが、どうだ?」
「ええ、構いませんよ。避けては通れないですよね。いつにしますか?アラン様のお仕事の都合次第で結構ですよ。招待状を書かなければならないので、参加者リストと、日付けなどは早めにしてもらえると有り難いですが」
「すまないな。日時は二週間後にしようと思っている。付き合いは金に繋がるから大事にしたいのだ」
「流石、成金だけありますね。金儲けには余念がありませんね」
「ふふっ、そうだなあ。君を贅沢させる為に沢山儲けなければならないのでな」
「まあ、楽しみ。今度はいくら強請ろうかしら」
二人の会話は相変わらず色気など無く、悪趣味極まりなかったが、それでも足並みは揃っていた。
クロエが厳しい事を言ったり、アランを強請る様な発言をするとアランは手を叩いて喜んだ。
アランはきっとマゾヒストなのだとクロエは考える様になっていた。
アランが初めてクロエを見た時もクロエは怒っていた。
多分そうなのだ。
「本当にアラン様は変わってますね」
「それはクロエの方だろう?私にそんな態度を取る女性は今までいなかったぞ」
「ま、出会いが出会いですからね。貴方の様な方に取り繕って気に入って貰おうと思う様な下心を私が持ち合わせていなかっただけですよ」
「それにしては事あるごとにに絞りとられているが?」
「あら、持ってる者から搾り取ったってばちは当たらないわ」
「それもそうか」
二人は大笑いしながら上機嫌だ。
側で佇むアンリは苦笑しながらお茶のおかわりを注いでいた。
穏やかな午後のひとときに、クロエとアランは浸っていた。
「君といるとついつい時間を忘れてしまうな。私はもう少し片付けなければいけない仕事がある。また晩餐で話そう」
そう言ってアランは席を立つと去って行った。
クロエは暫く庭園を眺めていた。
「クロエ様、もう時期日が暮れます。中に入りませんか?」
アンリが声をかけてくる。
「そうね。もう随分寒くなって来たわね。今年も雪の季節が近づいてきたわ」
「そうですね。クロエ様とアラン様の婚約披露パーティーとっても楽しみです。私も精一杯お手伝い致します!」
「ええ、お願いするわ。……一年前は考えもしなかったわ。持参金も用意出来ないくらい逼迫していた我が家だったから」
「……クロエ様、中に入りましょう」
アンリが優しく寄り添ってくれ、クロエは立ち上がった。
矢張り夢を見ている様な気分であった。
クロエは幸せな結婚というものに憧れる反面、諦めてもいたのだ。
もし結婚出来たとしても、どこかの金持ちの年寄りの後妻などが限界だと思っていた。
介護混じりの結婚生活くらいであろうと高を括っていた。
しかし、アランはどうだろう。
クロエからしたらかなり歳上ではある。
しかし、人生を溌剌と謳歌している為か若々しく見える。
麗しい見目に、長身で逞しい身体つき。
不遜な態度はしているが、内面は案外思いやりがあり、優しく、クロエの失礼な物言いも笑って許す度量がある。
むしろクロエのズケズケとした性格を好ましく思っている様な節もある様なのでクロエにとっても都合が良かった。
金で何でも片付けようとする所もあるが、金持ち特有のいやらしさも無く、気っぷが良いと思うくらいだ。
クロエは、婚約披露パーティーを楽しみに思うと同時にアランに恥をかかせ無い様に仕度しなければと思うのだった。