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「ヴラドは実績で言えば第一功だったのに、本当に良かったんですか?」
ルソー伯爵邸のいつものシガールーム。
クロエはアランの側の椅子に腰掛けて、アランに問うた。
「ヴラドは目立つ事が嫌いだ。本人には私から充分な手当てを出した。それで良いそうだ」
アランが葉巻を咥えながら吹かしている。
「でも少し勿体ない気がしますね。ヴラドはとても優秀だから」
クロエがつまらなさそうにいうと、アランが苦笑した。
「妬けるな。いつの間に仲良くなったのだ?」
クロエは隣に座るアランにもたれかかる。
「仲良くなっただなんて嫉妬する必要はないです。だって、私は今回の件で貴方が更に好きになってしまいましたよ」
アランの肩が揺れる。
「何?!本当か?」
クロエはアランの胸に手を置く。
広く、逞しい。
それはクロエを包み込む安心の象徴のようである。
「ええ、貴方は陽の光のように眩い人ですけど、いつも私を影から支え、守ってくれます。貴方の存在の大きさを改めて実感しました」
「えー?ふふ、そうか?私は唯、君の良いようにとしただけだがな。ふふ、君は私を喜ばせる天才だな」
アランは愉快そうに笑った。
最近より目尻のしわが深くなったアラン。
それでも美しい事には変わらない。
否、幸福そうな目尻のしわがよりアランを魅力的に演出している。
クロエは最近そう思うのだ。
「今回、我々に与えられた領地は、王家の苦肉の策なんですよね。案外取り潰しになる貴族家が多かったから。エマなんて泣いてましたよ、婚期がまた遅れたって」
クロエが話題を変えた。
「エマかあ、エマなあ。まあ、可哀想な事をしたが、案外すぐ見つかるんじゃないか?婿入り志望の次男三男からしたら魅力的な物件じゃないか」
アランが言葉を選びながら、フォローになっていないようなフォローを口にする。
「でも、アラン様、今回は本当にお疲れ様でした」
クロエがアランを労わる。
「君こそ。大変だったな。なかなか側に居てやれなくてすまなかった」
アランがシガートレイに葉巻を乗せる。
二人は口付けをし、見つめ合った。
仄かな愛情が二人を包んでいた。
「ところで、ランベール家の面々は大丈夫だろうか?」
アランが問うた。
「炊き出し中です」
クロエは答える。
「はっ?」
「マーサが芋十年分頼んだ所為で領地で芋の炊き出しをする羽目になったそうですよ。王様も何も十年分一気に送ることないのに。今、ランベール家は芋パニックだってジュールが言ってました」
「何?それはちょっと見てみたいな」
アランが悪戯な笑みを浮かべると、少し幼く見える。
そういったところも好ましいと思うあたり、クロエは重症だろう。
「クロエ、旅行にでも行かないか?まず、ランベール伯爵の領地に寄って、その後我が領地を案内しよう」
「まあ!素敵だわ」
「二人で旅に出よう。きっと楽しいぞ」
「でも、大丈夫なんですか?確かサバーカとかいうスカルゴッドの者のことを話してましたよね?」
アランは難しい表情を浮かべる。
「そうだなあ、サバーカは、少しヴラドと因縁がある。名を賜るスカルゴッドの者は少ないが、その中でもサバーカは厄介な部類ではある。奴がこの王国内に居る以上何かあるだろう。しかし、今回の件で暫くは何かしてくるという事も無いだろう。だが、クロエ。君は何も心配しなくていい。私が守るよ」
アランがクロエの両手を包み込むように握った。
クロエは思うのだ。
案外この成金伯爵であれば、例えどんな困難が待ち受けていようと何とかなるのではないか、と。
そんな根拠の無い事を考える程、クロエはアランを信頼しているのだろう。
「貴方の事も、私が守りますよ」
クロエは悪戯な笑みを浮かべた。
「敵わないなあ、君には」
アランは眉尻を下げて、淡く笑んだ。
二人には、確かな絆が育まれつつあるのだった。
——新婚編・了——




