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翌日の事である。
ランベール家に、続々と人々は集まりだした。
ランベール子爵であるロベルト、その夫人のマリー、末娘のカミーユ。
ランベール家唯一の使用人、マーサ。
リシャール家、次男ナタン、その妹であり、クロエの友人エマ。
ナタンの友人であり、医者のモネ・ジラール伯爵。
それから、ルソー伯爵に嫁いだランベール家長女であるクロエ。
その護衛を勤めるルソー伯爵家私兵、ヴラド。
実に大人八人、子ども一人の大所帯となった。
当然、ランベール家の小さなタウンハウスでは一堂に集まれる部屋は無く、庭での会合となる。
クロエは誰かに聞かれてしまったら良くないのでは?と考えもしたが、面子の中に馬鹿やら間抜けやらが居て話しを大幅に逸らしてくれるだろうから、警戒しない事にした。
それを抜きにしても、場所が無いのだ。
初めからルソー伯爵邸に招けば良かったのだが、ロベルトやマリーはルソー伯爵邸に行く事を嫌がるのだ。
壊したり汚しても弁償出来ないと頑なに断るので、いつしか誘う事はやめたのだ。
二人の気持ちも、元が貧乏貴族だと良く分かるからだ。
クロエも当初は華美な伯爵家の装飾品や、果ては皿や銀食器にまで緊張したものだ。
もう随分と慣れてしまったが、矢張り根っこでは落ち着かないのも事実だ。
庭に大きなテーブルと人数分の椅子、少しの菓子と、人数分の茶を支度した。
それぞれ席に着くと、自由に話し出した。
「えーーー、皆さま本日は大変お日柄も良く、ご列席の皆々様に置かれましては、えーーー」
ロベルトが、まず惚けた。
怒られる事を分かっていてもやってしまうのがロベルトなのだ。
「奥様、お昼ご飯はまだだかなー?」
マーサも当然被せてくる。
「マーサ、さっき食べたわよー」
マリーは飽くまでマイペースだ。
「カミーユちゃん、僕に君の若い臓器を見せて欲しいんだな」
モネはランベール家の変人達を物ともせず、馴染んだ。言っている内容は一番ヤバイ。
それぞれ言いたい放題の中で、一番の小心者のロベルトが我に返ってクロエを見る。
クロエは無言で怒りの笑みを浮かべていた。
★
仕切り直し。
「じゃあ、それぞれ報告して頂戴」
クロエの号令で始まった。
「シミタさんのとこの息子さん、イネスさんの話しからするわね」
マリーが挙手をして話し出した。
「イネスさんは、本人曰く、ゾイトとはパンツ仲間らしいのよ。どっちのコレクションが優れているか時々品評会じみた事をしていたらしいのよ。その定例会が月に二、三回あるそうなんだけど、概ねカミーユの言った通り、ジュールが軍学校に行った辺りから様子がおかしかったそうよ。やけに機嫌が良かったり、イライラしていたりしていたそうで、一度ゾイトに尋ねたそうなの」
「なんと?」
ナタンが聞く。
「いつもと様子が違うけど、そんなに良いパンツを手にしたのかい?と聞いたそうよ。イネスさんは、そのパンツの感触を思い出して機嫌が良かったり、手元に無いからイライラしたりしていると思っていたそうなの。彼らは合法的に本人から献上して貰ったパンツを愛でるのが至高だそうで、ゾイトの場合は、うちのお父様の許可を得てジュールのパンツを手に入れていたそうだから、彼らなりの矜持があるみたいなの。だからゾイトの様子がおかしくても、まさか犯罪を犯すとは夢にも思わなかったようね。だからそんな聞き方をしたそうよ」
「それでゾイトはなんと?」
「ワニが手に入らないって」
矢張り、ゾイトはワニの乱用者だった。
マリーの話しはそこで終わった。
皆、それぞれ考え込んでいる。
場にそぐわぬ明るい声で、カミーユが手を挙げた。
「次は私とマーサね!」
カミーユの話しは、こうだった。
貧民街の子らの間で今、あるルールが出来つつあるそうだ。
ひとつ、衛兵隊になるべく関わらない。
ふたつ、下位貴族の屋敷が多くある地域のタウンハウス街には近寄らない。
この二つだ。
一つ目は、突然暴れ出す衛兵隊が増えた事に由来する。
まあ、これもモネの話しと一致した。
二つ目は、ある日タウンハウスの辺りで物乞いをしていたある子どもから始まった。
もうすぐ少年期を抜けるかという子どもが小銭をせしめるべく、炉端で缶を置き、寝転がっていた。
すると、一人の身奇麗な使用人風の格好をした男が近づいてきた。
男は缶に小銭を投げ入れると、もっと稼げる仕事をしないかと持ちかけてきた。
少年は男を始めは胡散臭く思っていたようだ。
そう言って甘言で誘い出し、売られてしまうことがあるのを知っていたからだそうだ。
怪しんで男を見ていると、男は懐から一枚の手紙を出し、これを運んで欲しいと言って銀貨を一枚出した。
少年は驚いたそうだ。
銀貨といえば、貧民街の子どもであれば、一月は十分に食うに困らない額だったからだ。
少年は頼まれて二、三度男に言われた場所に手紙を配達する役目をしたようだ。
そのオイシイ仕事を仲間の貧民街の子どもに少年は話したらしい。
それからその少年をぷっつりと見なくなった。
暫くして少年は貧民街の溝に捨てられていた。
嬲り殺されていたという。
だから、下位貴族の屋敷がある辺りには近づいてはいけない。
そういう事になったそうだ。
更にカミーユはこう言った。
「その使用人が、家紋入りのタイピンを一度付けていたのを男の子は見たって言ってたんだって。隊長さんの家の人だから安全な仕事だって言ってたって」
ここでもマクレーンの影が蠢いていた。




