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「一つ、分かった事があるわね」
昨日のように、父ロベルト、母マリー、妹のカミーユ、ランベール家唯一の使用人になってしまった老女マーサ、そしてクロエは暖炉を前にして、こう言った。
「トレヴァン・マクレーンという人の事で分かった事があるわ」
「クロエ、それは何だい?」
ロベルトが腰を浮かして聞く。
「トレヴァン・マクレーンは馬鹿よ」
なんだってー?!と驚愕の面持ちでロベルトが騒ぐ。
「だってそうじゃない。わざわざゾイトにマクレーンの使いと名乗って近づいてくるなんて馬鹿よ。しかも、カミーユとマーサの前で。勿論、ボケ老人と幼いカミーユの前だから油断していたとは考えられるけれど、賢い人ならそれは絶対にしないわ」
「それもそうよね。でも逆にマクレーン男爵も嵌められていたとしたら厄介よ?」
マリーはのんびりと言う。
「そこが問題ね。いずれにしろ調べる必要があるわ」
「父様の出番だな?」
ギラついた瞳でワクワクとロベルトがはしゃぐ。
「お父様は大人しくしててちょうだい」
クロエが冷たくあしらうとロベルトは舌打ちした。
「取り敢えず、宿屋近辺で聞き込みをしてみましょう。私だと色々都合が悪いから、男手がいるわね」
「そこで父様の出番だな?」
「馬鹿言わないでちょうだい。そういえば、エマのすぐ上のお兄様が都合がつかないかしら。ナタン様は腕も立つし、良く街に遊びに行っているらしいから、その辺の事情にも詳しいだろうから一度話を聞いてみるわ」
クロエの言葉にロベルトはがっくりと肩を落とした。
「私達も、ゾイトと親しくしていたシミタお爺さんのとこの息子さんに話を聞いてみるわね」
マリーがぼんやりと茶を飲みながら言う。
「私も貧民街のお友達に聞いてみるわ!」
カミーユが元気良く挙手をした。
「カミーユ!危ないわ」
クロエが目くじらを立てると、カミーユはマーサの腕を掴んだ。
「マーサがいるから平気よ!いっつも貧民街にはマーサと行ってるもの。マーサは貧民街の子供達からは親分と呼ばれてるのよ!誰も逆らえないから大丈夫よ」
「おいおいマーサは何をやってるんだい」
「マーサは唯立ってるだけか座ってるだけよ?でもおかしいのよ。マーサがいつものまだらボケで喋ったことが本当になったってみんな熱狂的なマーサのファンになったのよ」
カミーユが何故か胸を張り、説明する。
「偶々だろ?」
「偶々よ……多分」
クロエは溜め息を吐く。
「カミーユ、余り危険な遊びはしないでちょうだいね」
そう伝えるとカミーユは無言で微笑んだ。
いまいち信用出来ない末妹である。
「じゃあ、父様は?」
ロベルトが手を挙げる。
「家の掃除でもしてて貰おうかしらー」
マリーの言葉に肩を落としているロベルトを見ると、アランが大分マシに見えた。
外でバリバリと金稼ぎをするアランのなんと頼もしい事かとクロエは染み染み思うのだった。
★
リシャール家には、その日すぐにお伺いの手紙を出した。
返信は翌日ルソー伯爵のタウンハウスに来た。
次の日の午後ならば、エマもナタンも在宅しているとの事だった。
クロエはルソー伯爵夫人として恥ずかしくない程度の装いで、その日の午後にリシャール家に向かった。
出迎えたエマは結婚式以来ではあるものの、久しぶりに会うとは思えないくらい、矢張り息があった。
ナタンとは一年程はリシャール邸ですれ違えば挨拶をする程度の接触しかなかったが、幼い頃は度々遊んでもらったよしみで、長子のサミュエルよりも親しい間柄だ。
二人とテラスに出ると、用意されたテーブルの上に並ぶ菓子や茶の様子から大変歓迎されている事が伝わった。
このエマの心遣いが嬉しかった。
「クロエ、結婚おめでとう。遅くなったが、お祝いだ」
ナタンはクロエに綺麗なシルクリボンで纏められた箱を渡した。
「まあ!ナタン様、お気遣い嬉しいわ」
クロエが嬉しさを満面に貼り付けるとナタンは苦笑した。
「昔のようにナタン兄様とは呼んでくれないんだな」
「そうよ、クロエ。遠慮なんからしくないわよ」
エマが言う。
「お呼びしても失礼じゃないならそうさせてください。ナタン兄様、ありがとう!」
クロエが微笑むと、ナタンは目を細めた。
「昔、東方の国の茶器を俺が買ってきたら酷く羨ましがっただろう?是非夫婦で使ってくれ」
クロエが箱を開けると、そこには変わった形の茶器一式と、竹筒が入っていた。
竹筒の上部、つまり節の部分は良く見ると切れ込みが入っている。
慎重に開けると、中から青々とした緑のような芳しい香りが立ち込めた。
「東方でよく飲まれる茶だそうだ。器に合うと思ったんだ」
「ナタン兄様!ありがとう」
クロエの笑顔にナタンは更に笑みを深くした。
常識のあるリシャール家の人と過ごす時間は、クロエにとっては生家であるランベール家よりも落ち着く。
かけがえのない時間なのだ。




