25-1
のんびりとした昼下がり。
ここはランベール家。
暖炉の前で、自分で淹れた茶を飲みながら、クロエはマーサの話しを聞いていた。
「えーと、どこまで話しましたかね?あ、そうそう、モレル爺さんの事だった。モレル爺さんはここら一帯の畑を管理している一族の者なんですがねえ、昔はよくモレルがモレタ!ってそりゃーよく虐められたもんです。その度に芋が食いてえ食いてえって泣いて、えっ?芋?まあ、いいです。ランベールの芋は胃腸の働きを活発にするって事で、通称ラン屁ール芋って呼ばれてますがねえ、お嬢様、あんまり食べ過ぎてはダンメですだよー。うら若き乙女がモレタの爺さんみたいに起きてる間はずっと屁をしてるなんてダンメですよう。モレタ爺さんも、屁をするたんびに『へあーーー、誰だぁっ』って周りの人の所為にするもんだから、そりゃー嫌われたもんです。モレタの爺さんは……ありゃ?モレル?モレタ?モレー……」
クロエは一体なんの話を聞いているのか。
クロエ自身にも最早分からなくなっていた。
最初、そうだ最初は不在の父母の行方を尋ねたのが始まりだった。
そうすると、始めのうちは、天候の話をマーサは始めた。
そして次に若い方の使用人であるゾイトが覗きでしょっ引かれた話。
そして気付いたらモレルだかモレタだかいう爺さんの話になった。
完全に井戸端会議の様相だ。
しかも、ゾイトの話はモレタ老人より大分酷く、紳士物の仕立て屋の試着室を裏の窓から覗いている所を捕まったらしい。
それも、遊びで尾行していたカミーユが第一発見者というから目も当てられない。
ちなみにゾイトは男だ。
「そんで、お嬢様、今日はなんで来なさったんですかいね?」
我に返ったのか、マーサが本日二度目の来訪理由を尋ねる。
「マーサ、結婚式の後にアラン様が長期でお隣の国のクラタベルタに行かれていて、やっと昨日帰っていらしたんだけど、仕入れた品を王城に献納しに行かれたから私が代わりにお土産を渡しに来たのよ。お父様とお母様はどちらに行かれたのかしら?」
クロエはじっと辛抱強くマーサと対話を続ける。
今は頼りになるジュールが軍学校に行っており、宿舎生活の為、居ない。
カミーユも父母に付いて行ったのか、今は居ない。
唯一話が通じるゾイトもお縄だ。
この惚けた婆さんから情報を引き出さなくてはならない。
クロエは女神の様な微笑みの額に青筋を浮かべ、もう一度、要点だけを聞く。
「お父様と、お母様は、どこ?」
マーサは空中に視線を彷徨わせ、
「はあ、ラン屁ール芋は美味いです」
クロエは出直した方が良さそうだと思った。
★
年が明けて二月目。
クロエは、クロエ・ルソーになった。
クロエとアランの結婚式は、それは盛大に。
国内外問わず、二人の知人友人、貴族から平民まで集めての盛大な式となった。
金に糸目をつけない大宴会は三日三晩続く宴となり、二人の結婚を大いに祝福したのだった。
この、アルトリア王国の中枢にいる、王までもが妻を連れてお忍びで駆け付けた程なのだから、最早アランの絶大な権力は疑うべきもない。
隣に寄り添う美しいクロエに対する国中の貴族に連なる女性からの羨望の眼差しは酷く、またその嫉妬がクロエを引き立てる要素となっているのは明らかだった。
アランは、金も地位も、更には美しく若い妻まで従える様は総ての男性達の夢物語に出てくるようなシュチュエーションで、今や飛ぶ鳥を落とす勢いである。
しかし、二人の近い友人知人は知っている。
従えているのはアランでは無く、クロエだということを。
そんな歪な関係の二人は晴れて夫婦となったのだ。
幸せに包まれる二人は、兼ねてからの計画通り、アランの持つ領地に旅立とうとした矢先に、アランの貿易関係の仕事が飛び込んできた。
アランは不満たらたらに若妻と離れる事を渋ったが、大きなチャンスは逃せないと一月程隣国のクラタベルタに商談へ向かった。
その商談は、二人の結婚による副産物のようなもので、どうしてもアランが出向かわなければいけないものだった。
今や時の人となったアランの元には、その商才と地位にあやかろうと様々な商機が転がり込んでいる状態なのだ。
その為、二人は結婚してからもまだまだ落ち着かず、夫婦としてゆっくりと過ごせていない状態だった。
クロエはアランを支えるように、屋敷の家宰であるアルバートと協力し、日々を伯爵夫人として忙しく過ごしていた。
そんな折に訪れたランベール家で、目的の父母に会えず、使用人のマーサ相手に途方にくれていた時だった。




