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クロエはハラハラしながらアランとシルヴィアの顔を交互に伺う。
同じ場にいるシルヴィアの夫であるクレマン侯爵と、その息子のサイラスは我関せずとばかりに茶をすすっている。
「アラン、貴方。あんまり調子に乗っていると、うっかりクロエ様にあの事を話してしまうかもしれないわよ?」
シルヴィアが不敵な笑みを浮かべた。
「あはは、ふふ、あの事?なんだったかな?ふふふ、ん?何?!あの事か!姉上、卑怯なっ!」
アランが瞬時に顔色を変えて怒りを露わにした。
「アラン様、余り怒られては血圧が……」
「私を老人扱いするなっ」
「ク、クロエ様、貴女からすればかなり歳上でしょうが、高血圧の老人ではありませんよ。叔父上は」
サイラスが吹き出すのを我慢しながら言う。
「クロエさん、そりゃちょっとアランが可哀想だ。でも面白いからいいか」
のんびりとクレマン侯爵が笑う。
「確かに貴女に比べたらアランなんてお爺さんだものね」
シルヴィアは高笑いしながらアランの神経を逆なでする。
「姉上……、私が爺さんなら貴女は婆さんになるが?クロエ、我が家に帰ったら君にしっかりと私の若さを教えなければいけないらしい」
アランは妖艶に笑う。
クロエは久々にアランの笑みで冷や汗を流したのだった。
「それにしても二人が無事で居てくれてホッとしました。母上はヒステリックに私に怒鳴り付けるし、叔父上達より先に私の命の方がなくなるところでしたよ」
場を取りなすようにサイラスが話題を変える。
「だって貴方目の前で二人が落ちたというのに棒立ちしてるなんて、まるで木偶の坊じゃない」
シルヴィアがツンと口を尖らせる。
「まあ、賢明な判断だったという事にしようじゃないか。サイラスが救助を要請しに一度戻らなかったらアランとクロエさんは今頃どうなっていたのかわからないのだし」
クレマン侯爵がまあまあ、とシルヴィアを宥める。
「なかなかロマンティックな夜だった。サイラスが居なくて良かった」
アランはソファの肘掛けに凭れ掛かり、クロエに意味深な視線を送る。
「はあーあ、アランじゃなくてサイラスが庇っていたら、もしかしてクロエ様は今頃私の娘だったかもしれないのに。まあ、義理の妹で我慢するしかなさそうね」
シルヴィアが残念そうにため息を零す。
「お義姉様、どうぞこれからもよろしくお願い致します」
クロエが頭を下げる。
「そうね、よろしく。貴方達の結婚式、本当に楽しみよ!今度は呼んでくれるんでしょうね?」
シルヴィアはアランに厳しい視線を浴びせると、アランは聞こえないとばかりに視線を逸らした。
「お義姉様、必ずお呼びしますから。その時は是非三人でいらしてくださいね」
クロエの言葉にシルヴィアは満足そうに頷いた。
「その怪我と、雪の中じゃ、すぐには帰れまい。暫くは我が屋敷でゆっくりしてくれ」
クレマン侯爵が締めた。
★
その日、クロエとアランは朝まで共に過ごした。
アランの怪我を気遣いながらではあるが、濃密な初めての二人の夜となる。
クロエは初めて他人に踏み込まれる感覚に戸惑い、大いにアランに翻弄されたのだった。
朝、目覚めると、昨夜の余韻を含んだアランに見つめられていた。
不思議な感覚だった。
「クロエ。これで総て暴いてしまった。君を逃す事はもう出来ない」
アランはとろんとした甘い瞳でクロエを見る。
クロエは自身の心臓が立てる不可解な程の鼓動と、気怠い疲れに、アランの素肌に縋り付いた。
アランはクロエのグレージュの髪を愛おしげに背後へ梳きながら、クロエに口付けを落としていった。
「我が家に帰るまで我慢出来なかったな。君が可愛すぎて困る。総て私のものにした筈なのに。まあ、いい。帰ったらまたバリバリ金を作るぞ。君が私から離れられないくらいの金をな」
アランが少し戯けて言うと、クロエはアランの胸に顔をきつく押し付ける。
「もう、金貨なんか無くてもとっくに貴方から離れられないわ」
くぐもった声の呟きに、アランは大層喜んだ。
クロエは熱くなる顔を更にアランに押し付けた。
アランの上機嫌は天井知らずだった。
★
昼近くにアランと共に食事を部屋で摂っていると、シルヴィアがやって来た。
「随分と遅い朝食ですこと」
呆れ顔のシルヴィアを確認すると、クロエは差し出していたスプーンを引っ込めた。
クロエを庇って怪我をしたアランに食事を食べさせていたのだ。
怪我をしたのは左足なのに、何故と思ったが、渋々アランに従っていた。
それをシルヴィアに見られたのだ。
クロエは羞恥で顔が赤くなる。
「まあまあ、それじゃ介護みたいじゃない」
「ふふ、姉上は私の幸せが気にくわないと見える。いくらでも僻むといい。若く美しく賢いクロエを妻に迎えられた私が羨ましいんですね。大丈夫ですよ、サイラスにも私の妻程ではありませんが、それなりの娘を迎えられるでしょう」
「呆れた。まだ婚姻していないんだから、婚約者でしょうに。貴方の様にふらふらされても敵わないから、そこそこでもなんでも嫁に来てくれたら構わないわよ。クロエ様、愚弟が面倒掛けるわね」
憐れまれると困ってしまう。
クロエはそっと目を伏せた。




