16
暫く滞在を勧めるシルヴィアに従ってクロエはクレマン侯爵邸に世話になる事になった。
客室にはサイラスが案内してくれた。
「クロエ様、母が強引で本当にすみません」
サイラスがすまなそうにする。
「やっぱりアラン様とシルヴィア様は姉弟なんですね。お二人共似てらっしゃるわ」
クロエが笑うと、サイラスも頷いた。
「叔父上は母の強引な所に耐えられないとよく言ってますが、結局同族嫌悪なんですよね」
「そういうものなんですかね。自分と似た人が居れば凄く気が合うと思うのに」
「私には分かりかねますが、強い個性はぶつかり合うという事なんじゃないでしょうか。兎も角、叔父上は母を避け続けてもう十年くらい二人は会っていないと記憶しています。私や父は叔父上とちょくちょく会っていますが。ですので、母は叔父上に対する厄除けなんですよ」
サイラスが苦笑する。
「それは有り難いですね。大の大人の泣き顔なんて夢見が悪いったらなかったんですもの」
そう言ってクロエは与えられた客室の窓から遠くの景色を見つめた。
「まあ、今回ばかりはそうでも無いかもしれませんがね。ところでクロエ様、本当に私が貴女を百枚で買ってしまって良かったのでしょうか?」
「構いませんよ。実家に居ても矢鱈と退屈でしたし、皆んなアラン様の味方になってしまったから居心地悪かったんです」
クロエが振り返ると、サイラスは思いの外近くに居て、少し驚いた。
「最初は結婚の祝儀代りにと思ったんですけどね」
「私は今でもそう認識していますが?」
「本当に欲しくなってしまいました」
「大丈夫ですよ。一過性の風邪の様なものですから、そのうち忘れますよ」
拒否を示すクロエをサイラスは窓際に追い詰めた。
「貴女のその態度がいけないんです」
「どういう事ですか?」
「ルソーの血が流れる者を周囲は放って置いてくれません。自分で言うのも嫌ですが、容姿が優れ過ぎているからでしょう。ですが、貴女のその捉えどころの無い態度が私達を惑わすのです。手に入れたいと思ってしまったのでしょう、叔父上も」
両手を窓枠に置き、クロエをサイラスは閉じ籠める。
「アラン様は違うと思いますよ。性癖なんでしょう?」
「性癖?貴女の話は時々分からないな」
「多分ですけど、虐められるのが好きな人種なんですわ。自分より圧倒的に弱い存在に虐められるのが好きなんだと思います。だからサイラス様の様な孤独から来る勘違いではありません。アラン様は、虐められる事によって自分の欲求を満たすタイプなんですよ。あんな変態の気持ちが分かる様になってはお仕舞いです」
クロエはサイラスを押し返した。
「……敵わないな。ですが、心に留めておいてください。叔父上が、もし、間違ったとしたら……」
サイラスはいつかの様に後ろ頭をぽりぽり掻いてから、また夕食に、と言って退室して行った。
クロエは漸くホッと息を吐いて、夕方の空を見上げた。
★
「クロエさん、挨拶が遅れて申し訳無かったね。セシル・クレマンだ。よろしく頼むよ」
クレマン侯爵は実に人の良さそうな笑みで晩餐の場に現れた。
成る程、表情の作り方はサイラスにそっくりだった。
しかし整った顔立ちはシルヴィア似だ。
「こちらこそ、ご挨拶も無くすいません。非常に良くして戴いてありがとうございます」
「さっ、挨拶はこれくらいで夕食を食べようじゃないか」
「ありがとうございます。いただきます」
皆が着席すると使用人達が食事を並べ始めた。
「クロエさん、妻やサイラスが無理を言ってすまなかったね。アランの事も。暫く頭を冷やすべきだな。アランは。年甲斐もなく、初恋に熱を上げるとは、情け無いね」
クレマン侯爵はそう言って笑い、食前酒を呑んだ。
「あら、魅力的な女性だもの。アランやサイラスがこうなってしまってもしょうがないわ」
シルヴィアが前菜を弄びながら言う。
「最初は叔父上を揶揄うつもりでしたが、計算外な事になりました」
サイラスは苦笑する。
「皆様にご迷惑をお掛けしてすいません。本当に、私の我慢がきかなかったばかりに」
クロエが申し訳なさそうに詫びる。
「ルソーの人間は情熱的だからな。アランがあれだけ冷めていたのが嘘なくらいだよ。クロエさん、気にしないで欲しい」
クレマン侯爵は笑う。
「そういえば、まだ二百枚を払っていなかったね」
「そう言う事で誘い出して貰っただけですよ。本気で受け取る筈がありません」
クロエが主張した。
「君が望むなら本当にそれを支払っても欲しいくらいです」
サイラスが目を細めた。
「二百枚?なんの事かしら?」
「母上、叔父上はクロエ様を金貨百枚で買われたそうなんです。それでこの度婚約を結ばれたんだと聞きました」
サイラスが矢張り苦笑しながら言うと、シルヴィアは目を丸くする。
「呆れた弟だわ。自分の子程歳の離れた女性すらまともに口説き落とせないなんて!」
「百枚で自分を売ったのかい?クロエさんはやり手だなあ」
クレマン侯爵は豪快に笑った。
「ええ、そうらしいです。ですから私も申し出てみたら倍額で無いと了承出来ないと突っぱねられてしまいましたよ」
「それは傑作ね!いいわ、貴女本当にセンスが最高よ。益々気に入ったわ」
シルヴィアはご機嫌にワインを煽った。




