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アランが入っていつもの席にかけた事を確認する。
晩餐室で不安そうにこちらを伺うサイラスににこりと微笑んでから一礼してクロエは扉を閉めた。
アランに向き直り、溜め息をつく。
アランは椅子の上で膝を抱えて座っていた。
———まるで子どもだわ!
クロエは呆れながらもアランの隣の椅子に腰掛ける。
「アラン様……」
クロエが呼び掛けるとアランは肩を揺らす。
「アラン様、一体どうしたというの?私、何かしてしまったかしら?」
クロエが幼な子に言い聞かせる様に優しく問いかける。
アランはクロエを横目で見た。
不安に瞳を揺らすアランはいつも若々しいが、更に幼く見えた。
そんな仕草が可愛らしいとクロエは思った。
「サイラスは……甥だが、私に似ている所があるな」
アランは渋々といった感じで口を開く。
「そうですね。目鼻立ちは似ている様に思います」
クロエが頷く。
「だが、私よりも若い。確か今年、二十一になったと思う」
アランの姉の息子であればそれくらいだろうと頷く。
「金もある。次期侯爵の義兄上の息子だから爵位は私よりも高い」
まあ、金の匂いがする高価な身なりをしていたので、それも頷く。
「性格も義兄上に似て大変良い。あの捻じ曲がった姉に育てられながらも真っ直ぐな良い青年に育った」
それはクロエにはまだ分からないが、アランが言うのなら、まあ、そうなのかとクロエは頷く。
「君は若くて性格も可愛らしく、器量良しだ」
「それは惚れた欲目では?」
クロエが口を挟むとアランは首を振る。
「対して私はどうだ?若くも無く、性格も良いとは言えず、あるのは金だけだ。君にはサイラスの様な人間の方が合っているだろう」
アランは抱えた膝に顔を埋める。
「……貴方、呆れた人ねえ」
「真実を言ったまでだ」
「仮にどんなに素敵な人だとして、私が貴方を捨てて別の人を選んでしまったら私は酷く薄情な人間になるわ。それってつまり貴方の言う『性格が良い』には当てはまらなくなってしまわない?」
「良い条件に飛び付くのは人として審美眼があると言う事だ。それも仕方ないだろう」
「では私に貴方を捨てろと?」
「それは困る!」
「じゃあ、どうしろと言うのよ」
クロエが苛立たしげに問うとアランが顔を上げる。
「自信が無いのだ。……君に愛されているという自信が」
「アラン、貴方って……貴方ってそんなナイーブな人だったかしら?」
「今までこんな事無かった。いつだって私は自信に溢れていた。君のせいだ、クロエ」
あんまりなアランは物言いにクロエはサッと立ち上がる。
アランが慌てて立ち上がるとクロエの腕を掴む。
「どこに行く?!」
クロエは怒りの視線でアランを貫く。
「実家に帰らせて頂きますっ」
それが数日前の出来事だった。
★
クロエはランベール家で久々の家族揃った朝食をとっていた。
「なんだか皆んな肌艶良くなったわね」
クロエが実家の食卓ではあり得ない程の豪華な朝食と家族を見ながら言う。
「ああ、ルソー伯爵が事あるごとに色々と便宜を図ってくれているからね。それにしてもクロエ、随分と早いお帰りだったね」
父のロベルトが苦笑する。
「怒りが冷めたらちゃんと謝るのよ?話を聞いたけど、伯爵が可哀想じゃない」
のんびりとした口調で母のマリーが嗜める。
「謝るとか謝らないとかの問題じゃないのよ。あの男、よりによって私が不貞を起こす様な尻軽だと思ってるのよ!」
クロエがフォークを握り締め、怒りの顔をする。
「シリガルってなあに?」
末っ子のカミーユが隣に座るランベール家唯一の男児のジュールに尋ねる。
「カミーユ、汚い言葉は覚えなくていいよ」
ジュールがカミーユの口端に着いたパン屑を拭ってやりながら言う。
「姉さん、僕もやっぱり謝った方がいいと思うな。だって昨日も伯爵はうちに来て泣いて帰って行ったじゃないか」
「私にお尻を蹴られて痛かったから泣いたのよ」
「いや、蹴られる前から泣いてたぞ?」
「そうねえ。大の男が泣き崩れていたわねえ」
父と母が補足する。
ランベール家には既にクロエの味方は居ないらしい。
「そうは言っても、これは彼の心の問題よ」
「一言、愛してると言ってあげれば?」
「そうよ、大丈夫だと言ってあげればいいのよ」
「そうだぞ、言葉はタダだからな」
家族は豪快に笑って実に賑やか。
ランベール家はのんき者の集まりなのだ。
「お嬢様、お客様が来られましたが……」
ランベール家に二人しか居ない使用人の内の年老いたマーサがのんびりと声を掛けてくる。
「アラン様なら居ないと言って頂戴。朝早くから失礼よ」
「いつもの方じゃねえですよ。サーモスとかサーモンとか言ってましたけど」
「サイラス様?」
「はあ、そんな様な方がいらっしゃってますだ」
クロエは立ち上がり、来賓室へと急いだ。




