断章・その一・前編
気がついたら水の中にいました。
「ぷはあっ…………あれ?」
八尋が水面から顔を出すと、いつもの祭儀室ではありません。
玉髄の砲塔基部は、もう少し広かったはず。
「……もしかして翡翠⁉」
装甲巡洋艦(構造的には装甲帯巡洋艦)に相当する関安宅【翡翠】は、戦艦に相当する安宅船【玉髄】よりも一回り小さい主砲塔を持っています。
乾船渠での改装は夏休み明けまで終わらないと聞いていましたが、ひょっとしたらドッキリで予定より早く復帰したのかもしれないと八尋は思いました。
「うんにゃ、ここは魔海対策庁昂州支局の矢倉船【独角仙】の召喚室にゃ。ようこそなのにゃ」
目の前にポッチャリしたオバチャンが座っていました。
ほかに巫女さんがいないところを見ると、この人が昂州支局の神官長さんのようです。
「わちの名は光和隼瑪。先々代女皇の皇孫女にゃ」
【媛】を名乗らないところを見ると、皇籍を返上したか、ひょっとしたら最初から持っていないのかもしれません。
それでも彼女は、昂州藩が用意できる、皇族に限りなく近い人材なのでしょう。
「にゃにやら、わちの神力を疑っちょるようにゃな?」
「いえまさか。実際ぼくを召喚できてるし……」
周囲を見渡すと、歩たちがいません。
「あっ……ひょっとして、ぼくだけ別に召喚されたの?」
弥祖皇国に召喚される蕃神たちは、女子だけと決まっています。
八尋だけは例外で、召喚されると女の子になってしまいますが、中身は歴とした男の子なので、他の蕃神たちとは別々の部屋で召喚される事になっています。
ただし、余裕がある時しか別々にしてくれません。
玉網媛は本当に八尋を男と認識しているのでしょうか?
子供だから男女一緒でいいやと、子供連れで銭湯の女湯に入るお母さんのような感覚ではないのかと、だんだん心配になってきました。
こう見えても八尋は男児高校生もとい男子高校生で、巨大でマッチョな宝利命と年齢が一つしか違わないのです。
「みんなはどこ?」
「月長におるにゃ」
「…………?」
「にゃ、そうか。まだ知らないのにゃ? 本庁の玉髄が退役して新造艦が配備されたのにゃ。玉網ちゃんも、そっちにおるにゃ」
「そっか、みんなそっちで召喚されたんだ……って、玉髄が退役⁉」
「船渠で解体中にゃ」
「そっかあ」
感慨深いような、そうでないような。
よく考えたら、ヒラシュモクザメに推進機関を壊されて浮桟橋に停泊している玉髄にしか乗った事がありません。
「なんか複雑な気分……」
「そろそろ着替えるにゃ。わちが着せちゃるのにゃ」
隼瑪がタオル代わりの湯帷子を広げます。
「う、うん」
初対面のオバチャンに裸を見せるのは抵抗がありますが、浴槽を出ない事には話が始まりません。
「大丈夫にゃ。わちにゃ今年で満十才にょ男子がおるにゃ。慣れちょるから安心して身を任せるのにゃ」
「ここでも子供扱いは変わらないんだね……」
諦めて水から上がる決心をつける八尋でした。