終章・その六(最終)
「……八尋様⁉」
水面から顔を出すと、玉網媛が目を丸くしていました。
「玉網さん湯帷子お願い!」
「は……はいっ!」
八尋は浴槽の縁にあったヒラさんの宝珠を握り、いわれるままに差し出された湯帷子を羽織って脱衣所に飛び込みます。
「八尋様、着つけを!」
「自分でできるから召喚続けて!」
「ええっ⁉」
「人数増えたから! ぼくを入れて十人になった!」
「わかりました。それくらいなら、わたくし一人でもなんとか」
単独で七尊同時召喚までは経験があります。
「これなら本庁の神官たちを置いてくるのではありませんでした……」
なにかあったら、なのりそ庵に戻っている抄網媛が解体中の玉髄で蕃神召喚を行い、仏法僧で魔海釣行を行う予定なので、本庁所属の巫女さんたちは連れてきていません。
昂州支局の巫女さんたちも、あまも亭に残っています。
八尋が祭儀室の扉を閉めると同時に、玉網媛の祝詞が始まりました。
「確か玉網さんの召喚って、もの凄く早いんだっけ?」
最短記録は五尊で十五分、単純計算なら九尊二十七分で召喚可能なはず。
抄網媛なら五尊で四十分、巻網媛でも三十分近くかかるので、とんでもないせっかちさんです。
【皇族は気が短い】は、支配をスムーズに行うための宣伝工作ですが、玉網媛は地の性格が短気どころではありません。
「焦っちゃダメだ……慌てず急いで正確に……」
八尋は着替えるのも遅いので、あまり余裕はありません。
もたもたしていると、着換えの最中に九人の女子高生たちが裸同然でやってきます。
特に歩は全裸より下着姿の方が恥ずかしいというお痴女さんなので、全力で逃げた方がいいに決まっています。
「ちょっと広いけど、脱衣所は玉髄とあんまり変わらないね」
召喚(?)直後の蕃神は体が水を弾くので、ほとんど拭く必要がないのが幸いしました。
歩に教わった通りに肌襦袢を纏い、白衣を着て帯を締め、胴乱のついた重い革帯を装備します。
そして瑠璃色の馬乗袴を穿けば完成です。
「できたー‼」
二十分以上かかりました。
帯の結びが曲がっている気がしますが、これくらいはあとで直してもらえばいいと八尋は判断。
「さてと、確か通路はこっちだったよね」
さっき水汲みバケツで覗いた時、ここが第一主砲塔跡の祭儀室なのは確認しています。
水密扉を開けて右斜め前の扉が、蕃神と魔海対策庁職員しか通行を許されていない専用通路の入り口……のはず。
ここを通るのは初めてなので、八尋はちょっとだけ迷いました。
「ええと……ちゃんと【蕃】って書いてあるから間違いないよね?」
水密扉を開けると、見覚えのある構造の通路に出ました。
「蕃神用食堂兼会議室に行けばいいのかな?」
名称が長すぎるので、あとで玉網媛に短い名前をつけてもらおうと決意する八尋。
途中で横道に入る扉を見つけました。
「ここは確か、艦橋に出る通路だったよね」
扉の向こうには、前檣楼基部の女子トイレに出る傾斜梯子があるはず。
八尋はこれを無視して通路を進み、次の横道に入りました。
「格納庫にいるかな……?」
誰もいない食堂兼会議室に行くより、いまはなにより宝利命に会いたい。
そう思って傾斜梯子を上り、水密扉を開けると……。
「それでは腹筋が割れませんぞ! もっと地毬を押す気でやるのです!」
「はいっ爾蕪奈少尉!」
知らないマッチョと簗が腕立て伏せをしていました。
二人とも褌一丁で、全身に汗を搔いています。
簗のキンツリ(黒猫褌)も可愛くていいのですが、爾蕪奈少尉の六尺褌も、なかなかのものです。
「そう! その調子ですぞ!」
「でも、こんなのでホントにムキムキになれるの? もっと凄い事するんだと思ってた」
「成長期に無理をしてはお体を壊します! お気を長く持って臨むのです!」
「わかった! 小生、頑張るよ!」
わかっていないようです。
「なんでレンまで一緒なんだろ……?」
黄銅色でキンツリ装備のレンが、簗の隣で腕立て伏せをしていました。
お子様たちのプリケツとマッチョの大臀筋が並ぶ光景は、まさに壮観。
「……うん、見なかった事にしよう」
そういいながらも、八尋は三つのお尻をしっかりと目に焼きつけています。
気づかれないように、そっと水密扉を閉めました。
「とりあえず食堂に行って、それから探せばいいや」
蕃神召喚中の月長は微速航行中なので、後檣楼から出て甲板を見渡せば、宝利命の居場所くらいは掴めるはず。
見えなければ羅針艦橋にいると八尋は推測しました。
通路が途切れたところで傾斜梯子を上り、蕃神用食堂兼会議室に出ると……。
「宝利!」
「おお八尋か。早かったな」
そこには黒衣のマッチョがいました。
危ないところを何度も助けてくれた、八尋のヒーロー。
「今日もデカいね! すっごくキレてるよ!」
宝利命を見つけるやいなや、椚のような太い腕に飛びつきました。
「ぬおっ⁉」
昨日の夜に散々な目に遭ったせいか、八尋の脳裏をいろんなモノが駆け巡ります。
歩や由宇先生のデカッパイ、風子のちっぱい、抄網媛のおっぱい……。
どれもこれもロクなものではありません。
「やっぱり宝利の雄っぱ……大胸筋が一番だよ!」
(おわり)




