断章・その六
「うわまた軽トラきたっ!」
「どれだけ捌きゃいいんだ……」
ゴンズイ祭りはゴンズイ地獄へと究極進化していました。
全員、巫女服に襷をかけて、次々とやってくるゴンズイを捌いては小夜理が唐揚げにしています。
船釣り部はゴンズイ汁の担当ですが、参加者たちが食べ飽きてきたのか、中身が丸々残った寸胴鍋が増えるばかり。
仕方ないので、お刺身やカルパッチョを作り始めています。
「磯鶴神社は涼しいのが、せめてもの救いですね」
鎮守の森から冷気が流れてくるのです。
しかし業務用の大型天ぷら鍋を前にしては、さすがの小夜理も汗でビッショリ。
歩や百華が助太刀しようにも、プロのプライドにかけて、絶対に席を譲ってくれません。
森の冷気があっても、ここは灼熱地獄。
体力のある小夜理すら、頭にベルト式の保冷剤を巻き、首には冷感タオルをかけているので、他のメンバーでは、あっという間に熱中症で倒れてしまうでしょう。
ちなみに船釣り部はIHヒーターを使っていました。
「ところで八尋はどこ行ったぁ?」
歩は小さな黒一点を探して周囲を見回します。
「トイレ~」
風子は可愛い弟の動向を見逃しません。
「まだ巫女服に慣れてねぇからな。時間かかりそうだぁ」
「いても大して役に立たないけどね~」
「いや目の保養になるだろ」
存在するだけで士気が向上する、戦場のアイドルです。
「八尋くんって、いつもああなんですか?」
藍子は月長にいた時から不思議に思っていました。
「あゆちゃんのアレ~?」
「あの子、本当に男子で高校生なんですか? とても思春期真っ盛りには見えないのですが……」
巨乳女子の下着姿を見てもテントを立てず、ただ逃げ惑うばかり。
まるで小さな子供です。
「八尋はいつもあんな感じだよ~? まあ~、あゆちゃんのアレは痴女そのものだったけど~」
「痴女⁉」
道端でコート一枚の女性がガバーッと現れたら、発情中の酔っ払いオヤジも裸足で逃げ出すでしょう。
「俺の裸って、そんなに魅力ねぇのかぁ⁉」
歩には痴女の自覚がありませんでした。
「むしろ怖いでしょうね」
「だから協力したんだよっ!」
藍子と百華は、あの展開を予想した上で、八尋の拘束に手を貸したようです。
「あいつ、どーゆー性癖してんだぁ?」
「八尋はね~、生々《なまなま》しいのはダメなんだよ~」
弟が隠したエチ本を完全網羅している風子が力説。
「生乳より写真集~、ヌードより水着がいいみたい~」
「なんでだぁ⁉ ナマの女体なんて、男子はそうそう見れねぇだろ⁉」
「触感がね~」
女子に抱きつかれるのは日常です。
「むしろオッパイが怖いんじゃないかな~?」
「つー事は、俺のじゃ駄目なのかぁ? 小さい方がいいのか⁉」
「わたしの裸は見慣れてるよ~」
風子のお胸は、ほぼツルツルです。
女体化した八尋と一緒です。
「オッパイ星人でもロリコンでもねぇって、じゃあ一体ぇなにが好きなんだ⁉」
「さあね~。マッチョじゃない~?」
「てぇ事は条件に一番近いのは……」
歩の目が小夜理に向きました。
「私そんなに筋肉ありませんよ?」
「人間ブルドーザーがなにを抜かすか」
両手に一人ずつぶら下げての歩行が可能です。
「そういやさっき、マキエのお玉が出なかったなぁ」
普段なら歩が脱ごうと帯に手をかけた瞬間に、小夜理の攻撃がノーモーションで繰り出されます。
「八尋くんは召喚されると女の子になってしまいますから。男子の時に女子の裸を見たら、どう反応するか興味があったんですよ」
女体化すると物理的にテントを張れないので、こっちの世界で確認するしかありません。
「結果次第では、次の次あたりから別々に召喚してもらおうと思っていました」
テントを立てたら即アウト。
一般的な男子高校生には無理ゲーでしょう。
「あいつ性知識も偏ってるよなぁ」
「それは私のせいだ~」
風子が薄い本ばかり読ませたせいで、八尋は男同士のイチャイチャしか知りません。
「そもそも、なんで男なのに召喚できるのか不思議でならねぇ」
「それは~、わたしたちが双子だからだよ~」
「双子だと異世界に行けるんですか?」
それで召喚できるなら前例があってもいいはず。
「一卵性なんだよ~」
「それは見りゃわか……一卵性⁉」
「性別違うのに?」
一卵性双生児は普通、同一の遺伝子を持っています。
「異性一卵性双生児~。八尋はXXY染色体持ってる~」
クラインフェルター症候群。
あまりにも希少な症例で統計データもなく、何人に一人なのかもわかっていません。
「ちなみにわたしはXO~」
ターナー症候群と呼ばれる、女性ならXXであるべき染色体がXしかない遺伝子異常。
どちらも低身長の原因になりえます。
「むしろわたしが召喚される方が不思議だよ~」
XY染色体が異世界召喚の条件なら、XXYの八尋はともかく、Xしか持っていない風子が行けるのは理屈に合いません。
「詳細はあとでググッてね~」
「テメェ最初からぜんぶ知ってて黙ってやがったなぁ?」
「定期的に成長ホルモンのお注射受けてるなんて~、そうそういい出せないよ~?」
高校生のセキュリティ感覚では不安があるので、風子はこの話を滅多に口にしません。
「あと八尋がエチくないのは~、遺伝子関係ないからね~」
それは姉の教育に問題があったからです。
「……悪ぃ、無理矢理吐かせちまった」
異世界召喚がなければ、風子は誰にも告白しなかったでしょう。
「そのうち話すつもりだったから平気~」
すっかり雰囲気が暗くなりました。
「それで、俺たちゃどうすりゃいい?」
「なんにも~」
一介の女子高生にできる事なんてありません。
「……いやちょっとあるかな~? 八尋をオトコかオンナにしてくれれば~」
選択肢が増えているのは、異世界召喚のおかげです。
本当は男の八尋に彼氏ができればいいと思っていますが、それはきっと叶わぬ願い。
「よっしゃわかった! あいつは俺が嫁にしてやる!」
歩はドサクサに紛れて八尋を独占する気です。
「それずるいっ! 八尋たんはあたしがお嫁にするのっ!」
百華も参戦を表明しました。
「なんでみんな八尋くんをお嫁さんにする前提なの……?」
藍子の疑問はもっともですが、八尋のタキシード姿は誰も想像できません。
「宝利さんがドロップアウトしてしまいましたからね」
友情はともかく、アレのサイズで結婚には至るまいと判断しての発言です。
「ここは次のカプを決めないと……」
小夜理はどこまでも男同士の交際を望んでいました。
もちろん異世界での八尋は女の子ですが、そこは脳内補正で、どうとでもなります。
「こうなったら簗くんと掛け算するしかありません!」
「それだ~!」
風子もショタ×ショタは大好きです。
「どっちが受け~?」
「リバ(どちらもアリ)に決まっています」
小夜理と風子の脳内には、ウェディングドレスを着た二人の姿が。
「それはいぃんだけどさぁ……八尋が弥祖の男と結婚したら、もうこっちの世界にゃ戻ってこれねぇぜ?」
蕃神召喚で通い妻、という訳には行きません。
「…………そっか~。それは寂しくなるね~」
八尋はヒラさんにもらった歯のおかげで、いつでも元の世界に帰ってこれますが、その気になれば異世界に行きっ放しも可能です。
もちろんお嫁に行ったら、離婚しない限り、二度と帰ってはこないでしょう。
「まあ~、いつでも会いに行けるからいっか~」
風子はどこまでも楽観的です。
「悪ぃが蕃神召喚は年齢制限アリだ」
「……へ~?」
「二十歳前後で打ち止めかなぁ。だから部活でやってんだ」
弥祖皇国への技術移転が捗らないのは、それが原因。
「へぇ~、そ~なんだ~」
「いままでいわなかったのは悪かった」
内緒にしていた訳ではありません。
「二学期あたりで教える事になっているんですよ」
小夜理もばつが悪そうな顔をしています。
「じゃあわたし~、ここの先生になるよ~。それで部員から八尋の様子を聞くの~」
風子はどこまでも楽観的でした。
ちなみに顧問代理の由宇先生は、酔っ払って酔っ払いの相手をしています。
「八尋はあっちで結婚した方がいいと思うんだ~」
そして、どこまでも弟の幸せを考えていました。
あと男性とのイチャイチャを望んでいます。
「お前ぇってやつは……」
「あっ! 八尋たん帰ってきたよっ!」
拝殿の裏からソワソワしながら現れる八尋を発見したのは百華でした。
「チクショーあいつ袴の結びが斜めになってやがる!」
やはり一発では覚えられなかった模様。
下着姿の歩を正視できなかったので、当然といえば当然です。
「襟もちょっと変ですね」
「八尋はぶきっちょだから~」
「直してやっからそこに直れーっ!」




