第五章・磯鶴神社・その三
夕方の釣果。
歩、ゴンズイ三尾。
風子はゴンズイ一尾。
藍子と百華がゴンズイを二尾ずつ。
八尋、試合放棄により釣果ゼロ。
小夜理はゴンズイ四尾に小アジ一尾。
執念の小アジでした。
「こんなに小さくていいの?」
八尋は不思議に思いました。
普段なら、こんな小物は即放流対象です。
「いいんですよ。開いてフライにするか丸ごと唐揚げにするんですから」
再び悪魔釣り師に変身しかけていた小夜理は、小アジを釣り上げて満足したのか、いつもの落ち着いた様子に戻っていました。
「元々これくれぇのサイズを狙ってたんだぁ」
数があれば揚げて南蛮漬けにするなど、小アジの用途はバラエティに富んでいます。
「まあ~、結局ゴンズイが増えただけだったけどね~」
昼間の残りが十二尾。
ここに十二尾が加算されて計二十四尾。
一人あたり四尾食べられる計算です。
「ところで~、あゆちゃん家~、ちょっと騒がしくない~?」
歩の実家である磯鶴神社の階段を上っていると、境内に明かりが灯っていました。
ガヤガヤと大人の話し声も聞こえてきます。
「明日は夏祭りなんだ。もう暗ぇのに、みんな準備で頑張ってるみてぇだなぁ」
「酒盛りしているのでは?」
確かに働いているような雰囲気ではありません。
階段を上りきると、小夜理の予想通り、おっさんたちがビールやカップ酒を片手に騒いでいました。
「おおっ、歩ちゃんのお帰りだ!」
「他にも綺麗どころが揃ってんじゃねえか!」
JKたちの凱旋にオヤジどもは大喜び。
オバチャンたちも混ざっていました。
商店会や漁協の半被やTシャツを着ているので、みんなお祭りの関係者のようです。
「可愛い子だねえ。歩ちゃんがナンパしてきたのかなあ?」
「歩ちゃんはいつも女の子ばかり連れてるね。彼氏作る気ないの?」
オッサンどもは八尋を女子だと思っている様子。
「八尋~、エプロンつけたまま~」
「あっ!」
ラップエプロンをつけたままだったので、遠目ではミニスカートにしか見えません。
慌ててエプロンを外していると……。
「うっせえオヤジども! よく聞けぇ! こいつは男子! 彼氏……候補だぁ!」
「え……ええ――――っ⁉」
一瞬躊躇してから【候補】をつけるあたりに、八尋は抵抗を感じました。
「そーかそーか、歩ちゃんも大人になったなあ……相手は子供だけど」
「ぼく高校生だよ! 明日で十六歳だよ!」
「ええっ⁉ どう見ても小学生……いや明日が誕生日なのかい? そりゃめでたい!」
オッサンたちはお祭り騒ぎのネタを得て大喜び。
お酒のツマミにさえなれば、なんでもいい感じです。
「……八尋、誕生日だったのか?」
「明日だけどね」
「わたしもだよ~」
風子は双子で一卵性の姉なので、誕生日は一緒です。
「お祝いしなきゃ」
「おめでとっ!」
藍子と百華も一日早い祝福を。
「プレゼント考えねぇとなぁ」
「歩さんたちには、もいいっぱいもらったから……」
釣りのやり方や楽しさを教えてもらったり、クラスメイトたちとの変な軋轢を解決してもらったり……。
「いやいや、もっとやらねぇと。ほらっ!」
ムギュウッ。
「うわ抱きしめないでよ胸がモブゴブガブゴブ……」
「あゆちゃ~ん、八尋が男の子でも遠慮しなくなったね~」
風子はなぜかホクホク顔。
「いよっ! 歩ちゃん羨ましいねえ!」
オッサンたちも囃し立てます。
「プハッ! 普通逆じゃない⁉」
心底嫌がる八尋も他人の事はいえません。
「あらぁ、みんなきてたのねぇ」
作りかけの屋台から、巫女服姿の女性が現れました。
黒縁眼鏡で全身むっちりもっちり大人の女性です。
「姉ちゃん⁉ 今日は船釣り部があるんじゃなかったのかぁ⁉」
磯鶴高校の古文教師で船釣り部の顧問、日暮坂由宇フラウンダー。
歩の姉でもあります。
「光ちゃんがこっちの仕事で、あさがり丸が出航できなかったのぉ。それにヒメジ先生に、合宿の監督を任されちゃったからぁ」
船釣り部部長の相楽光蔵は、境内の反対側でオッサンたちにお酒を勧められていました。
もちろん断ってジュースを飲んでいますが、当分は世間話から逃げられそうにありません。
「そっかぁ。それでオジサン先生、釣りやってたんだぁ」
「なにか釣れたぁ?」
「少なくともカイズ(二十五~三十センチのクロダイ)が二尾以上、あとゴンズイが大漁だったみてぇだ。俺たちもお裾分けをもらった」
「あらまぁ。もしかしてゴンズイ残ってるぅ?」
「ああ、さっきも釣れたから、たっぷりだぁ」
「……………………」
「どうした?」
「あれ……」
由宇先生が指差す先には、大きな鍋をかき混ぜる船釣り部副部長、綱島莞子の姿がありました。
「おりゃま、光ちゃんの居場所を嗅ぎつけてきたのかぁ」
甲斐甲斐しいにも程があります。
「ねえ歩さん、あれってまさか……?」
歩の胸から顔を出した八尋の視線は寸胴鍋に。
莞子が低発砲素材のお椀によそっているのはゴンズイ汁でした。
「なんか大漁だったらしくてぇ、始末に困った漁師さんたちが持ち寄ってきたのよぉ」
「うわぁ……」
後ろで他の船釣り部員たちが必死に作業しています。
鍔黒作江が毒トゲを切って、江下千歌が塩揉みして、北川亜子がウロコと内蔵の処理。
なかなかのチームワークでした。
そして全員巫女服でした。
「とりあえず中に入ったらぁ? ここにいたらオジサンたちに捕まっちゃうわよぉ?」
「ゴンズイ食わされるしなぁ」
水っ腹ですぐお腹が空くとはいえ、いまはなにも食べたくない一同です。
「わたしお風呂入りたい~」
「そうですね。汗でベトベトですし」
「みんなパジャマは持ってきてるよな? 下着と制服は洗濯しちまおう」
「パジャマパーティーで女子会だね~」




