第五章・磯鶴神社・その二
「もう食べられないよ~」
夕食後、宿泊地の磯鶴神社へと向かう道中で、風子が寝言みたいな寝言をいいました。
「おいしかったねっ!」
百華はゴキゲンでした。
「プリッとプリプリでコラーゲンがムニュッとモチャモチャ……」
藍子はなんだかよくわからない表現でゴンズイ汁のおいしさを反芻しています。
「吸いつくだけでチュルッと骨だけになっちゃうんだね、ゴンズイって」
八尋も、あの味と食感が忘れられません。
「チヌ飯もおいしかったよね~」
「タイと違って磯っぽい香りが堪らないよね」
クロダイは、タンクガニ(スベスベオウギガニ)といった甲殻類だけでなく、ムラサキイガイ(ムール貝の仲間)などの貝類を殻ごとバリバリ食べるので、肝の苦味が風味となって、ほんのりと身に染み渡っているのです。
「こんなに食べたの初めてかも」
小鳥のように小食な八尋は食べるのが遅く、どんぶり飯にどんぶり汁を平らげたのは新記録です。
「でもゴンズイ汁とチヌ飯だけになっちまったなぁ」
歩は残ったカサゴ二尾とムラソイとマエソをどうしようか思案中。
姫路先生がくれたゴンズイも大量に残っています。
「さて、こいつらどうすっかなぁ……?」
ビニールに詰めた魚と氷を入れた保冷袋と頭を抱えました。
「他の魚はともかく、せっかくのゴンズイを、明日の朝食に回して鮮度を落とすのは勿体ねぇよなぁ」
「ヌメリにも毒がありますからね。粗塩で落として今日中に調理した方がいいですね」
実際に調理するのは小夜理です。
「今日は早めの夕食でしたから、夜食に回すのはどうでしょう?」
「ゴンズイは吸い物にすりゃいいとして、他はちょっと足りなくねぇか?」
「唐揚げにしましょう。ゴンズイは開いて天ぷらに」
「スナック感覚で食う気か。それならもうちょっと数が欲しいな」
「丁度よく日も暮れましたから……アレですね」
「アジングか」
移動中とはいえ、竿もリールも仕掛けも持参しています。
「また釣るんですか?」
さすがの藍子も、女子高生だけの夜釣りは想定外だったようです。
男子が混ざっているとはいえ、果たして八尋を勘定に入れていいものか。
少なくとも防犯上の役には立ちそうもありません。
「堤防越しなら夜でも安全だぁ。街灯もあるしな」
「三十分くらいしか、かかりませんよ」
「釣り師って、そこまでやるんですか……」
「あたしはやるよっ! さっきはゴンズイしか釣れなかったからねっ!」
百華は張りきっている模様。
「竿はバスロッドでいい。仕掛けは小型のジグヘッド」
ジグヘッドはオモリと鈎が一体化した、ソフトルアー仕掛けの中核となるパーツです。
そこに超小型のソフトルアー、ピンテールワームを装着。
「色は……グリーン系から行くか」
潮が濁っていたり、暗い夜間は派手なルアーを。
明るく見通しのよい日は、青系や茶色のナチュラルカラーを使うのが基本。
アジングは夜釣りがメインなので、夜光系が中心になっています。
「わたし~、このピンクがいい~」
「青もあるんだ」
「オレンジもあるんですね」
「あたし黄色がいいっ!」
それぞれが好きな色を使って、いろいろ探ってみる事に。
「ではお先に!」
真っ先に準備を完了したのは、やはり小夜理でした。
竿を振ってルアーを投入します。
続いて歩、次に風子がキャスティング。
だいぶ遅れて藍子と百華。
八尋はもたもたするばかり。
「手元がよく見えないよ……」
「百均でLEDライトを買っとくんだな」
小型でポケットに入るものなら、電池込みでも数百円で購入できます。
ようやく作業を終えて顔を上げると、仲間たちは竿を立てかけ釣りを中断、膝をついてモゾモゾしていました。
「……なにやってるの?」
八尋が歩の手を覗き込むと……。
プライヤーで毒ビレを切っていました。
「またゴンズイだあ!」




