断章・その五
「さて、こいつで巧く行けばいいんだけど……」
月長の前甲板に現れ、舳先の帆布に潜り込んだ抄網媛の耳には、悪樓釣りで蕃神たちとの会話に使う小型通信機がありました。
宝利命が好む軍用で大型の円筒式ではなく、後頭部からアームで固定する小型のネコミミ用で、簗も使っているものです。
「レンちゃんレンちゃん、妾は抄網媛。簗くんの親戚だよ。親戚ってなんだかわかるかい?」
角型の懐中電灯で船首像を照らしながら、抄網媛はレンに語りかけます。
『親しい間柄……主に血縁者に用いられる言葉です』
即座に応答が得られました。
「やっぱりね。電文じゃ八尋くんは、白和邇から簗くんの小型通信機に話しかけたらしいから、レンちゃんは音声会話に慣れてないと思ったんだ」
『音声……うまく使えません』
「そりゃそうだ。人間は意識して話してる訳じゃない。記憶をもらったくらいじゃ喋れないよ」
肺と喉と声帯と口の筋肉、そして舌と歯を使い熟して、人間は初めて言語を口にする事ができるのです。
無意識に話しているので、やり方を知っただけで簡単に真似ものではありません。
しかし神力通信なら、龍にとってはお手のもの。
人間より遥かに高度な会話も可能です。
「レンちゃん、さっき簗くんを怖がらせちゃったでしょ? なぜだかわかってる?」
『知っています。もっと人間の構造を再現すべきでした』
「わかってるならいいんだ。しばらくは通信で会話しよう。妾の動きをよく見て、じっくり覚えればいい」
『わかりました。観察します』
レンは簗を模した部分を舳先から分離させ、甲板に上ります。
「わほっ♡ これはこれは愛いものだねえ」
真鍮像のような全裸の簗、レンの分身を見てウットリする抄網媛。
その視線は下半身に注がれています。
「じゃあ神官室に行こうか。おっと、その前に……」
抄網媛は、こんな事もあろうかと持ってきた旅行鞄を開けました。
「服を着ないとね。本当は八尋くんに着せようと思って作ったんだけど……」
残念ながら、その機会はまた今度。
「こんな可愛い裸を男どもに見せるのは勿体ないよ」
もちろん本音は『可愛い裸』だけではなく『可愛いお〇ん〇ん』に決まっています。
「着せてあげるから、あっち向いて」
もちろん可愛いお尻を思う存分堪能するために決まっています。
「妾は幸せ者だなあ」
翌朝。
波止場には小早【蜂雀】の姿はなく、月長だけが浮いています。
いまごろ抄網媛は巡航中の艦内で、本庁に届ける報告書を読みながら、レンとの交流を巻網媛にどう報告したものか考えているに違いありません。
「抄網姉は巧くやったようであるな」
帆布の外された舳先の船首像を見上げながら呟く宝利命。
「やりすぎです! さすがにあれは看過できません!」
玉網媛はご立腹。
「見ないでーっ‼」
簗はピョンピョン飛び跳ねながら、両手で二人の視界を塞ごうと必死です。
「まさか女装させるなんて……」
「よいではないか。それに首から下は八尋やもしれぬぞ?」
抱き合う簗と八尋を象った船首像は、一人に減っていました。
顔は簗のものですが、八尋と混ざっている可能性があります。
しかし性別まではわかりません。
なぜなら、その像は洋服を着ていたからです。
もちろん本物の服ではなく、体と同じ黄銅色。
八尋のお胸は、ほぼペッタンコ。
簗と体形が似通っているので、服を着せると、胴体が簗なのか八尋なのか判別できないのです。
もちろん腰巻の下から湯文字を覗けばわかりますが、もし股間が膨らんでいたらと思うと、確認せずに済ませた方がよい気がします。
「でもまさか女中服とは……」
「いかにも抄網姉らしい。似合っておるし、よいではないか」
本式のメイド服ではなく、フレンチメイドとかジャパニーズメイドとかいわれるミニスカメイドそのものでした。
抄網媛はアキバ風のミニスカメイドを知らないはずですが、煩悩を全開にしてデザインしたら、なぜかミニスカでフリル満載でホワイトブリム(メイドカチューシャ)装備のコスプレ風になってしまったのでしょう。
どうしてこうなった……といわれれば、抄網媛が変態だからと答えるしかありません。
「だから見ないでよーっ‼」
背後で士官さんたちが写真機をバシャバシャいわせて撮影しまくっていました。
「蕃神様方がご帰還あそばされたのは行幸でした」
もし歩が抄網媛と顔を合わせていたら、次はセーラー服に違いありません。
そしてミニスカの限界に挑戦されたら、今度こそ湯文字がチラチラするに決まっています。
「皇族を模特児にした船首像が女装なんて、報道各所にお見せする訳には参りません」
「いっそ簗の方を女性という事に致せば……」
模特児を船首像に合わせる名案です。
「それは絶対やだー‼」
レンが甲板に脱ぎ散らかした本物の女中服は、いまは三人の背後にいる士官さんの手に。
目が『ぜひ着せてやってください』と語っています輝いています。
なぜか撮影準備まで整っていました。
「ぴにゃ~~~~っ⁉」




