第五章・魔海対策庁昂州支局棟【あまも亭】・その七
準皇族のおち〇ち〇はいいけど蕃神の裸体は駄目という宝利命の英断により、船首像には帆布がかけられました。
「レンさん、これからどうなっちゃうんだろ……?」
波止場で途方に暮れる八尋と簗。
この先ずっと帆布をかけられたままになるのか。
それとも、なにか別の像に変化するのを待つか。
おそらく後者でしょうが、次はどんな姿になるのか、八尋は不安な気持ちでいっぱいです。
「帰るぞ。玉網姉が待っておる」
宝利命にいわれて、八尋は夕食の途中だったのを思い出しました。
「そうだね。ぼくお腹ペコペコだよ」
さっき食べたのは、風子に無理矢理詰め込まれたお刺身が数枚のみ。
「小生はもう食べられないよ……」
簗は藍子と百華のキャバクラ的歓待により、お腹がパンパンになっていました。
「妾はここに残るよ。書類はこっちの神官に取りに行かせるから」
意外な事に、抄網媛は八尋たちとの同行を拒みます。
「ちょっとアレを調べておきたいんだ」
指差す先には帆布をかけられた船首像が。
「……そうか。ならば任せよう」
さらに以外にも、宝利命が許可を出しました。
「いいの⁉ だって抄網さんだよ⁉」
八尋は宝利命の背に隠れながら問いかけます。
いまはヒラさんの宝珠があるので魔性の心配はありませんが、魔性がなくてもじゅうぶんに危険人物なのが巻網媛。
ちょっとでも油断したら、あまも亭の布団部屋で朝チュン確定です。
宝利命がいなかったら、八尋は悲鳴を上げて逃げ出していたでしょう。
「レンをあのまま放置しておく訳には行かぬ」
女好きで稚児趣味持ちの変態さんが、八尋と簗を象ったレンに接近、または接触……。
「きっと大丈夫です! だって抄網姉様ですから!」
簗は信用しきっているようですが、どんな悪戯をされるか、わかったものではありません。
「姉上、なにが起こっても構わぬ。いまよりましな形にしてくれ」
宝利命も、抄網媛がだたレンを見るだけではないと気づいた様子。
「たとえ事態が悪化したとしても、進展には違いあるまい」
絶対なにかやらかしてくれると、宝利命は変な信頼に満ちた目で抄網媛を見ました。
レンは人類に敵意を持っていないので、変態行為に堪えかねて逃げ出したとしても、それはそれでよし。
それ以外の反応を引き出せたなら、龍についての新たな情報が得られます。
「りょーかい。ところで、アレって本当に人語が通じるのかい?」
「通じてはおるようだが、うまく喋れぬらしい」
「夕方の電文は読んだけど……」
魔海と第六まどろす丸の出現から龍の出現、そして八尋の供述を送った暗号電文です。
ちなみに温泉での出来事については、まだ報告書が完成していません。
八尋と簗のお漏らしを記入すべきか、玉網媛が迷っているのです。
「言葉を理解してるのに、ああなっちゃったんだよう」
簗は泣きそうな顔で抄網媛に抱きついています。
可愛いお手々をキュッと握るたびに、抄網媛の顔が綻びました。
鼻の下は最初から伸びきっています。
「抄網さん、レンさんはまだ人間を理解してないよ」
レンは八尋の記憶を持ってはいますが、神楽杖を通して人間と共感した経験を持つヒラさんと違って、人間の気持ちがよくわかっていません。
「言語はわかるけど、会話の意図を巧く理解できないのかな?」
「そうそう、そんな感じだと思う」
「それだったら妾は慣れてるよ。任せて」
「????」
「醒州男と違って、少しでも聞く耳を持っているなら簡単さ」
「????」
「八尋、参るぞ」
「あ、うん。じゃあ抄網さん、レンをお願い」
「簗もだ」
「はい。じゃあ抄網姉様、またあとで」
「またねー」
抄網媛は、しばらく帆布のかかった船首像を眺めたあと、月長の隣に停泊している蜂雀へ飄々《ひょうひょう》と戻って行きました。
「大丈夫かなあ……?」
あまも亭に向かって歩きながら、八尋は首を傾げます。
今回は山道ではなく、舗装された道路を歩いているので、周囲の視界はそこそこ開けていました。
その先には、さっきまでいたオンボロ旅館、あまも亭が。
暗黒オーラが消えているので、玉網媛のお説教は終わっているようです。
「姉上! いま戻ったぞ!」
玄関に到着すると、全身ビショビショに濡れた玉網媛が待っていました。
「八尋様、他の蕃神様がたは、みな帰られました」
長い黒髪に、ちょっと前までご馳走だった食べ滓がついています。
「ええっ⁉ ぼくまた取り残されちゃったの⁉」
「慌てるな。白和邇の歯を頼りに自力で戻ればよい」
「あ、そっか」
宝利命に言われて、あっちの世界にある自分の体が持つヒラさんの歯を思い出して、帰ろうと念じればいいと、八尋は思い出します。
「結局、悪樓釣りはできなかったね」
「心配ございません。月長は明日にでも本部に向けて出港いたしますが、途中によい魔海が現れるようなので、お昼に改めて召喚いたします」
玉網媛の辞書にボウズの三文字は記載されていません。
意地でも悪樓を釣って帰る気です。
「それと、ご帰還はここではなく【荒磯之湯】にてお願いいたします」
蕃神は元の世界に帰ると海水とゲ〇を残すので、お掃除や改装の手間がかかります。
そして荒磯の湯は、先ほど八尋と簗がオシッコを漏らして清掃の予定が入ったばかり。
「それで粗相の件はなかった事にいたしましょう」
「ありがと玉網さん!」
無駄のない采配と情報の隠蔽は、玉網媛の得意分野なのです。
「ホント⁉」
オシッコの話が記録に残らないと聞いて、簗も表情がパッと明るくなりました。
「簗、今回は貸しにいたしますよ」
釘を刺されました。
「は、はいっ! なんなりと!」
「では次の釣行で返していただきましょう。皇族として」
準皇族から皇族への昇格が決まったようです。
「やったね簗くん!」
「う、うん。小生が皇族に……?」
蕃神たちを守って大物悪樓を蹴り飛ばし、龍の出現を促し交流のきっかけを作った功績は計り知れません。
昇格程度では足りないくらいです。
「期待しておりますよ」
「そうか。ならば当分は見習い……いや基礎体力からだな。月長で鍛えねば」
「えっと……小生は本庁づきになるのでしょうか?」
簗はまだ信じられないという表情で宝利命に質問します。
「レンが懐いておるようだからな。独角仙には戻せぬ」
月長から移動されるのは面倒です。
「正直に申し上げて、簗をなのりそ庵に入れるのも恐ろしいですね」
レンがついてきて、どんな騒動を巻き起こすか、わかったものではないからです。
下手をすると、簗はもう月長から降りられないかもしれません。
「海軍は厳しいぞ。まずは筋肉をつけるのだ」
宝利命は上腕二頭筋をムキムキと盛り上げ、ダブルバイセップスのポーズを決めました。
「いよっ! ナイスバルク!」
八尋が声援を送ります。
「ええっ⁉ 小生、宝利さんみたいになるの⁉」
簗がマッチョになる日は、そう遠くなさそうです。




