第五章・魔海対策庁昂州支局棟【あまも亭】・その五
「この世は四千七百年より近い時代に生まれたのですか? 思ったより長いですね」
夕食前に会議室で事情聴取。
八尋が夢の内容を話したあとの、玉網媛の感想がこれでした。
「タモさん、進化論って知ってるかぁ?」
「それくらい存じております」
歩の質問に玉網媛が、さも当然という顔で答えます。
「環境に適応して、ちょっとずつ変化するんだぁ」
「そのような邪論、とっくに廃れております」
ダーウィン先生が否定されてしまいました。
しかも邪教扱いです。
「なんだってぇ⁉」
「大昔の生物は、いまのものとは、まるで異なっております。いまの古生物学会は突然変異説が主流を占めておりますよ」
「うむ。特定の時期に在来種から完全な別種が生まれ、多種を駆逐する。それが進化と申すものと聞いたぞ」
宝利命もトンデモ進化論に侵されていました。
どうやら弥祖皇国に正しい進化論を伝えた蕃神は、いままで存在しなかった模様。
「……そっか、化石のせいだ」
八尋は夢で見た異様な生物の痕跡を思い出しました。
地球上にある、どの化石とも一致しない、おそらく進化の系統樹のどこにも存在しない、完全に別系統の生物相。
「化石からじゃ進化の過程を辿れないんだ」
五千年弱よりあとに生まれた生物は、化石化どころか、その後の地形変化による痕跡の発見も難しいところです。
見つかったところで、五千年弱では適応進化の幅が小さすぎて、現存する生物との見分けがつきません。
進化論がおかしくなるのも当然でしょう。
「それに、いまいち八尋の話を理解できてねぇみてぇなんだよな」
「どのあたりでしょうか?」
「もはやどこから教えりゃいぃんだか……」
この世界の【大昔の生物】は、いまの生態系と繋がっていません。
しかしノストラダムスも知らない玉網媛たちは、惑星上の生物が死滅するなんて概念を持っていないので、そのあたりを理解させるだけで夜が明けてしまいそうです。
「……宝利さん、八尋の話は記述したか?」
「一言一句」
「それならいいや。あとは専門家に一任しようぜ」
歩はいろいろ諦めたようです。
「皆様、お食事の準備がとととのいました。【蛸壺之間】へどうぞ」
引き戸を開いて、丁稚奉公みたいな服装の簗が現れました。
ちょっと噛みました。
「キャーッ可愛いっ!」
「ネコミミ若旦那沼」
大好評です。
「姉上、進化論は後回しだ。急いで資料を纏めて本部に送らねば」
「そうですね。あとは簗に任せて……」
宝利命と玉網媛が退席し、廊下に去るのを黙して待つ一同。
すばらくすると、風子が妙な事をいい出しました。
「八尋~、宝利さんのアレ見た~?」
「えっ?」
「お風呂場で見たんでしょ~?」
「……あわわわわわわわわわわわわわわわ」
八尋が硬直してプルプル震え出しました。
目が泳いでいます。
「どうした八尋! なにを見た⁉」
歩が八尋を揺さぶると、しばらくして、滓かな声が漏れました。
「レンオアムだった……」
八尋や簗のは、アレに比べたらミミズ《オアム》です。
「どれくれぇだ?」
「ぼくの腕くらい……」
「スタンディングモ~ドだった~? それともユ〇コ~ンモ~ド?」
どちらも実物大モデルが作られています。
「寝てた……」
「そりゃ凄ぇ」
「あんなおっきいの……ぼくお尻が破けちゃうよ!」
恐怖と狼狽で、とんでもない事をいい出しました。
「…………へっ?」
「あらまあ♡」
「おお~っ!」
義務教育の敗北です。
八尋はベッドの下に水着写真集やボディービルの雑誌を隠していますが、見た目が小学生で本格的なエロ本を入手できず、エロ談義のできる男子の友人もいないので、性知識を風子のベッドに隠された薄い本から得ていたのです。
さすがに【や〇い穴】の実在を信じたりはしませんが……。
「いまどきこんな高校生が存在するたぁな」
歩は珍獣を見る目つきになっています。
「BLの神のお恵みですよ」
小夜理は、なんだかよくわからない神に感謝しました。
「あれ? これって……ひょっとして宝利さん、八尋に……」
「龍が……龍が……」
八尋はまだガタガタ震えています。
「フラれちゃったね~」
宝利のレンオアム(意味深)は、ご縁があれば結婚してもいいかなーという八尋のヒロイン気分を、一撃で吹き飛ばす威力を持っていました。
小学生程度の体格しかない八尋では、宝利命のお嫁さんなんて夢のまた夢。
「こりゃマキ姐さんくらいの大女じゃねぇと無理だなぁ」
巻網媛は伯母です近親です人妻です。
「抄網さんでは強度が足りませんね」
抄網媛は異父姉で近親で変態です。
「これは宝利×支夏しかないね~」
「それです」
支夏命は異父兄とか近親とかいう以前に同性です。
「あの……そろそろ夕食を」
藍子と百華に捕まってナデナデされている簗が、逃げる口実を探していました。
「そうだなぁ。タモさんたちもいなくなっちまったし、メシにすっか」




