第一章・プチ合宿・その二
数日後の午前十一時。
磯鶴高校釣り研究部の四人は、校門前のバス停にいました。
「別に学校で集合しなくてもよかったんじゃない?」
八尋は首を傾げます。
授業のない夏休み中なので、現地集合で釣りをしてから学校の部室小屋に行っても問題なかったはず。
そもそも八尋は、この合宿の宿泊場所すら聞いていないのです。
「確か一泊二日だったよね?」
着換えやお風呂セットは持ってきています。
タオルや歯ブラシも用意しています。
ただしお金はほとんど持っていません。
風子がお父さんにもらった軍資金も、釣り道具店で使いきってしまいました。
買ったのは磯用のスパイクシューズ(ジュニアサイズ)に釣り用サンダル(子供用)、いままで部の備品でサイズが合っていなかったフローティングベスト(ジュニアサイズ・ポケットつき)に防水リュック(型遅れのセール品)。
リュックを除けば子供用で安いとはいえ、一人当たり一万足らずで買えてしまう量販店恐るべし。
残ったお金で磯釣り用のヒップガードを買おうと思ったのですが、気に入ったものがないのと予算オーバーのため、駅ビルの三百円ショップで巻きスカート式のラップエプロンを買いました。
男子高校生の服装として、なにかがおかしい気がします。
しかし腰と足をベルトで固定するパッド式のヒップガードとは異なり、制服のズボンに皺が寄る心配がありません。
これはスカートではなくエプロン。
男子がエプロンを着用するのは変じゃない。
ミニスカートみたいだけど下にズボンを穿いてるから大丈夫。
八尋はそう思う事にしました。
「確かに学校なら自転車置けて便利だけど、旅行なら駅で集合した方がよくない?」
磯鶴高校は丘の上に建っているので、体力のない稲庭姉弟に電動アシスト自転車は必須です。
「それに交通費は……姉ちゃん持ってる?」
「もらってないよ~」
「別に旅行じゃねぇし」
歩と風子は、また隠し事をしているようです。
「もしかして、またぼくだけハブられてる⁉」
どうなっているのか部活の連絡網。
「風子さんに送れば事足りますからね」
どうやら小夜理まで隠し事に参加している模様。
「足りてないよ!」
「まあ、そういうなって。ほれ、バスがきたぞ」
「どこ行くの? 駅?」
駅周辺と学校を結ぶ循環バスが目の前で停車します。
「わあっ、海の臭い!」
「やっほう!」
バスの中扉から二人の女生徒が降り立ちました。
磯鶴高校の制服と違ってセーラー服です新鮮です。
「無事にこれたみてぇだな! 市立磯鶴高校へようこそ!」
歩が二人を出迎えます。
「俺が釣り研究部の部長、日暮坂歩だ!」
「私立陸野女子高校の海釣り研究会部長、榎原藍子です」
シュシュで二つ結びにしたロングヘアの女子が、歩と握手を交わしました。
「支室百華だよ! みんなヨロシクねっ!」
お団子頭の小柄な女の子がバンザイをします。
「……ひょっとして共同合宿?」
にぶちんな八尋にも、ようやく状況が掴めてきたようです。
「先週ネットで知り合ったんだ。部費がなくて合宿どころか釣りもできねぇって」
「お恥ずかしいです。うちは内陸の学校なので、横浜に行くだけでも苦労するんですよ」
「磯子ならちょくちょく行くんだけど、部活じゃ無理なんだよね。時間的にも資金的にも」
横浜で乗り換えれば、周辺の海釣り施設がいくつか存在します。
しかし施設は有料、移動に時間がかかるので早朝からの出発となると、そうそう学校の許可は下りません。
神奈川県の内陸部からの釣行となると、横浜線一本で行けてバスに乗り換えるだけでOKな磯子の海釣り施設しか選択肢がなくなってしまうのが難点でした。
もちろん川釣りなら近所に釣り場が数多く存在しますが、そこは海釣り研究会の存在意義に関わるのでNGです。
「生徒会が交通費出してくんないから自腹オンリーだし、備品もないから自分で買ったのを使うしかないし親父は釣りやんないし、そもそも川釣り研究部に部員を取られて二人しかいないから研究会に降格しちゃったし……」
「部活で釣りするのって大変なんだね……」
磯鶴高校釣り研究部のオンボロ小屋が豪勢に思えてきた八尋でした。
「うちの部員を紹介す……」
「キャーッ! 可愛いっ!」
「この子どこの子⁉」
「わひゃあっ⁉」
たちまち訪問者たちに捕獲されてしまう八尋。
「磯鶴高校って一貫校だったんだ! なんて羨ましいっ!」
「女子高なのに小学生がいるなんて最高ですね!」
「わあっ! ぼく男子! 高校生! あとこの学校は共学だよ!」
夏休みに入ってモフられるリスクが減少したせいか、八尋はすっかり油断していました。
クラスで鉄の掟となっている【稲庭くん七つの誓い】のおかげで、日直しか警戒せずに済んでいたのも原因の一つです。
第一条・稲庭くんをモフっていいのは一日一度、日直のみとする。
第二条・稲庭くんをモフっていいのは女子限定、男子は頭をなでるのみとする。
第三条・稲庭くんをモフっていいのは休み時間のみとする。
……以下略。
部活でも小夜理なら一定距離内に入らないなど気を遣ってくれますし、歩は異世界に召喚されない限りセクハラはしません。
風子はお風呂を覗いたり突入したりしますが、そう頻繁にはモフってきません。
しかし外来客なら話は別。
ルールも加減も知らない初対面の女子高生たちにかかれば、か弱い八尋など、たちまち擦り切れ引き千切られるまでモフモフされてしまうのです。
「それくれぇにしてやってくれ。八尋はあんまりモフられるの好きじゃねぇんだ」
「……あら失礼」
「残念。もうちょっとハグしたかったんだけど」
二人ともキュートな八尋に夢中になってはいましたが、目玉はグルグルしていません。
「どうやら耐性はあるみてぇだな」
「どこが⁉」
目玉グルグルがなくてもモフられるのは一緒でした。
二人のハグから解放された八尋は、素早く歩の後ろに隠れます。
小夜理の陰に隠れていた風子が『あゆちゃんの傍は安全じゃないと思うよ~』と囁いていますが、いまはそれどころではありません。
「接触しているのに平気だなんて……ああ妬ましい怨めしい」
小夜理は嫉妬に狂って暗黒面を放射しています。
「こいつ魔性持ちなんだ。近づくと可愛さにやられて猛烈にモフりたくなる」
先日の誘拐事件で初めて判明した八尋の特殊能力。
本人には害しかないのは、もはや運命としかいいようがありません。
「す、凄いですね……可愛さが」
「視界を翳めるだけでハグしたくなるよっ!」
百華は自信満々に犯罪的な発言をしました。
「とりあえずメシにしようぜ。米は持ってきてるよな?」
「ええ。親戚農家の特A……玄米です」
歩が催促すると、藍子がグッと親指を立てました。
「よっしゃ!」
「????????????????」
話の意味がよくわからない八尋でした。