第五章・魔海対策庁昂州支局棟【あまも亭】・その三
八尋が目を覚ますと、魔海対策庁昂州支局棟【あまも亭】の職員専用男子半露天風呂【潮沫之湯】で温泉に浸かっていました。
「そっか、ぼく……お風呂で寝ちゃったんだ」
月長が寄港した時、夕食にはまだ早く、準備もできていなかったので、お風呂を先に済ませてしまう事になったのです。
別にあとでまた入ってもいい訳ですし。
「ええと、メモは……無理だよねやっぱり」
夢とはいえ、記憶はハッキリしているので、記録は後回しにしてもよさそうです。
「よく溺れなかったなあ。あと、よく湯当たりしなかったなあ」
夢放送は一時間二十分くらいだったはずですが、現実の時間経過は数分から、せいぜい十分くらいだった模様。
そして八尋が寄りかかっていたのは、大きめの石に囲まれた、寝るには丁度いい場所。
他の人には小さすぎる窪みですが、小柄な八尋にはピッタリのサイズ。
双子の姉である風子にもピッタリなはずですが、それは小夜理が力ずくで蕃神専用露天風呂【荒磯之湯】へと引きずり込んでいます。
右手に風子を、左手に歩を掴んで牽引するその姿は、まるでブルドーザーかトラクターのよう。
逞しい限りです。
藍子と百華は、それを見て、お口をあんぐりと開けていました。
「……………………⁉」
いつの間にか、目の前に簗が立っていました。
「うわあ八尋さんっ⁉」
立っていたので、お〇ん〇んが丸出しになっていました。
子供らしい皺の少ないウメボシの天神様みたいなタマ〇マもぶら下がっています。
八尋は目の前にある、自分のものと大差ない股間を見て『可愛い』と思ってしまいました。
そこにあるのは八尋の(いまはない)なんちゃって子供キ〇タ〇やチ〇チ〇とは違って、本物のリアルお子様ゴールデンボールと〇ン〇ンなのです。
まるで小さなナマコが浜で萎んだイソギンチャクをぶら下げているような……。
「簗くんも入ってたんだね。というか、僕が寝てたから気づかず入っちゃったんだね」
逆ラッキースケベが起こっているとは気づかず、男同士な気分で話しかける八尋。
「ごっ、ごめんなさい! 湯煙が凄くてわかんなくて……」
「いいっていいって。簗くんも浸かりなよ。ぼくはもうちょっといるつもりだから」
「ええっ⁉ でも小生は男子で八尋さんは女子で……」
「あっ、そっか」
すっかり忘れていました。
いいかげん八尋は女子の自覚を持つべきなのですが、簗が子供なので抵抗を感じないせいもあります。
「このお湯、茶色いから見えないよ。とりあえず大事なところを隠して」
「わひゃっ……!」
簗の頬が真っ赤に染まります。
慌ててザブンとお湯に浸かって、簗は石の陰に入りました。
八尋は可愛く狼狽する簗の顔を、もうちょっと楽しみたかったのですが、そこは諦めて、ゆっくりと話しかけます。
「ぼくね、本当は男なんだ」
「ええっ⁉」
いまの八尋は、どこからどう見ても……女の子には見えません。
だからといって男の子にも見えません。
「召喚されると、なぜか女の子になっちゃうんだ。女性しか召喚できないって話だから、男のままじゃ、こっちにこれないのかも」
「八尋さんが、男……」
なぜかショックを受けていました。
「男の人にも女の人にも求婚されちゃったりしたけど、ぼくはこの世界じゃ、誰とも結婚できないんだ」
少なくとも結婚しないつもりです。
「それにすぐ帰っちゃうしね」
蕃神は滞在期間が決まっています。
半日から数日間。
数時間で帰還してしまう事もありました。
「帰れなくなっちゃったりもしたけど、いまはあっちの世界にヒラさんの歯があるから平気。歯を思い出して念じれば、いつでも帰れちゃう」
ババタレ(イスズミ)悪樓の猛烈に臭い糞を浴びるなど、嫌な事があっても勝手に帰還してしまいます。
「釣王は帰れなくなって、こっちの世界で結婚したみたいだけど、ぼくはいつ帰っちゃうかわからないから結婚できない。ぼくにその気がなくても、新婚当日にいなくなっちゃう可能性だってあるんだから」
さすがの八尋も、簗は自分に気があるのではと気づいています。
それをどうにかしようと始めた会話だったのですが、いつの間にか宝利命の求婚をどうすべきかを相談する体裁に変化していました。
満十歳の子供から、答えなんて得られる訳がないのに。
「……どうしよう」
断ったし、何度迫られても断るつもりですが、いつ押し切られても不思議はありません。
八尋には女子の自覚どころか、男子の自覚も足りないのです。
また帰れなくなっても、今度こそ本当に帰れなくなってもおかしくない蕃神召喚と悪樓釣りを続けているのも、心に迷いがあるからでした。
国民的ヒーローのお嫁さん。
女子でなくても魅力的です。
しかも八尋が大好きなマッチョ。
上腕二頭筋をムキムキされながら、もう一押しされたら……。
ゴリゴリの広背筋を見せつけられながら『結婚してくれ』といわれたら……。
思わずうんと頷いてしまいそうです。
「八尋さん、悩んでるんですか?」
「……うん。変かな?」
「変じゃありませんよ! 好きなら、できるなら結婚すべきです!」
男女どちらに求婚されたかも知らずに断言する簗。
恋愛対象の中に自分が入っていないと知りつつ『結婚すべき』といえるのは、簗の子供らしい無知な優しさといえるでしょう。
それは八尋に共通する部分でもありました。
「でも、そうなったらもう帰れないよ? 帰れなくなるんじゃなくて、帰らないんだ」
こちらの世界で結婚しても、これからも悪樓釣りで召喚される歩たちには会えるでしょうが、家族やクラスメイトとは、もう二度と会えません。
帰れなくはありませんが、帰らない覚悟が必要なのです。
具体的には、お腹に子供を宿した場合。
蕃神は帰ると肉体が海水に還ってしまうので、胎児は間違いなく死んでしまいます。
ひょっとしたら長期間この世界に滞在すると、新陳代謝で徐々《じょじょ》に海水の割合が減って行くのかもしれませんが、帰還すれば海水か死体になるのは確実な訳で……。
「ごめんなさい。小生にはわからないよ……」
大人だって、すぐに答えの出せる問題ではありません。
「……あっ、ごめん簗くん! ぼく変な事いっちゃった!」
十歳児に相談していい内容ではないと、八尋はようやく気づきました。
「ぼくもう出るね! 簗くんはもうちょっと百まで数えて!」
お湯を掻き分けて脱衣所に向かう八尋。
その途中で簗を見ると、体育座りで小さくなっていました。
「…………??」
まさか股間を押さえているとは露知らず、八尋はプリプリのお尻を見せながら浴槽を歩き、洗い場に出ます。
そして脱衣所の扉を開けると……。
「おお、簗か。もう出るのか?」
宝利命がいました。
一糸纏わぬ素っ裸です。
「……八尋⁉」
股間のアレが丸見えになっていました。
八尋や簗のそれとはまるで違う、黒龍子の異名に恥じない超大物です。
「キャ――――――――ッ‼」
思わず悲鳴を上げてしまいました。