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つりみこ3 ~LINDORM~  作者: 島風あさみ
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断章・その四

極微速前進に減速(でっどすろうだうん)、これより補助浮揚機関を始動、本艦停止後、垂直着水に入る。総員、衝撃に備えよ』

 蕃神ばんしん用食堂兼会議室の艦内放送ぶろおどきゃすとが、目的地への到着を告げています。

「それで八尋やひろ格納庫かくのうこへ行ったのか?」

「行ったと思いますが……たぶん宝利ほうりさんは羅針艦橋なびげえしょんぶりっぢでしょうね」

 どうにか船酔いがおさまって食堂まで帰ってきた小夜理さよりが、あゆむの質問に答えます。

 月長が減速を始めた以上、魔海対策庁の次官で釣行責任者の宝利命が、入港時の艦橋にいない訳がありません。

 少なくとも艦橋に向かっている最中のはず。

「八尋~、会えたかな~? ちゃんとあやまれたかな~?」

 風子ふっこは眠っているやなほおをツンツンしながら、本気で八尋を心配しているのか疑問に感じる口調でいいました。

「すれ違いにならなきゃいぃんだけどなぁ……うわっち!」

 月長がまたれました。

「うぇっぷ⁉」

 小夜理が馬穴ばけつかかえます。

「このふね、さっきから妙に揺れるんだよなぁ」

 悪樓あくる釣りが始まるまでは、静かに航行できていたはず。

 それが魔海釣行を釣果ゼロで終えて帰路きろについた途端、五分か十分くらいの間隔かんかくで、いきなり方向転換するようになったのです。

 もちろん総舵手くおうたあますたあが当てかじで対応しますが、それが返って縦揺れ(ぴっちんぐ)横揺れ(よおいんぐ)ひどくしていました。

「さっき……うぷっ、げっぷ、先ほど通路で玉網たまみさんに出くわした時に聞いたんですけど……揺れないはずの新型機関が、今日に限って暴走するとか……ぐぅえっぷ」

「ダメじゃん新型~」

「ああなるほど、なんとなくわかったぜ」

「なにが~?」

「月長は推進・浮揚両用機関に、回遊魚の小型宝珠を大量に使ってる。つまりこの艦は魚群ぎょぐんそのものだ」

「そっか~、足並みがそろわないとダメなんだね~」

「回遊魚の群れは、先頭のリーダー格さえコントロールできりゃ安定するはずだ。ただし小魚は臆病だから、わずかな刺激に反応して向きを変えたり、離散りさんと合流をり返す」

「臆病……艦がおびえている……んですか? なにに?」

 揺れがおさまって小夜理の容態が安定してきました。

「風子はさっきの事情聴取で聞いたよなぁ。たぶんアレがついてきてる」

 簗が遭遇し、八尋とヒラさんが話をつけた黄銅おうどうの龍。

 龍は八尋とヒラさんに、自分の分身を簗のそばに置くといっていました。

「レンさんだっけ~?」

「こっちにゃお気に入りの坊やが乗ってるからなぁ。独角仙さいかちにゃ行かねぇだろ」

 宝珠の回遊魚たちは、月長を尾行する龍の分身に気づいていたのです。

「簗くんが~、どこに落ち着くか~、様子を見てるのかな~?」

「それで、どうす……げっぷ」

 吐き気はおさまったもののゲップが出る小夜理。

 その場にいなかったメンバーも、聴取の概要は歩からの又聞またぎきで知っています。

「様子を見るしかねぇ。だがおそらく……」

 ゴォン!

 艦体になにかかたいものが当たる音がしました。

 同時に月長が猛烈もうれつに暴れます。

「うぉわっ!」

「うげぇぼがぼぐぼぁ!」

「わっひゃ~!」

「な、なんですかこれ⁉」

「なんかあったのっ?」

 衝撃で藍子あおこ百華ももかも目覚めた様子。

早速さっそくきやがったぜぇ!」

「さよちゃん放しちゃダメ~!」

 風子が小夜理の手からすべり落ちた馬穴(中身入り)を、危ういタイミングでキャッチしました。

「やべぇ事になってなきゃいいんだけどなぁ」

 すでに月長は減速を終え、微速前進中。

 甲板でっきに出ても吹き飛ばされる心配はありません。

 後部水密扉(はっち)を開いて後甲板くおうたあでっきに飛び出す歩。

「……ありゃ?」

 しかし艦の周辺には、なにもいませんでした。

「あゆちゃんハズレ~」

 風子は水密扉のわきにかけてあった双眼鏡のばあを持ち出し、のぞいてキョロキョロしています。

「変だなぁ。じゃあなんで月長が暴れたんだぁ?」

 歩は冷房の効いた室内に戻ろうと思い、きびすを返すと……。

「……こんなのあったっけ?」

 出入口の上に、真鍮しんちゅう浮彫細工れりいふりついていました。

「あっちにもあるよ~。わあこっちにも~」

 艦上構造物まっくのあちこちに、見覚えのないパーツが付加ふかされています。

 そしておそらく艦体にも。

さらな月長をゴテゴテにかざりやがってぇ……」

 純白の艦体に真鍮の浮彫細工。

成金なりきん趣味か!」

 また月長が揺れました。

 機関の不調や暴走ではなく、着水が始まったのです。

「うぉっとっと……」

 歩は神力で足の裏を甲板に固着させ、扉に手をかけて転倒を防ぎます。

 風子は水密扉のわくつかまって耐えました。

「おおっ、着いたみてぇだな!」

「いままでりくは~、江政こうまさと~、なのりそ庵しか見てなかったから~、新鮮だね~」

 魔海対策庁仮本庁舎兼本部棟の安っぽい浮桟橋ぽんつうんと違って、周囲が丘とがけに囲まれた入り江に作られた、小なりとも本格的な波止場うぉおたあふろんと

 根魚がいくらでも釣れそうです。

「あれが昂州こうしゅう支局かな~? がけの上にあるね~」

 波止場には月長以外の船舶がなく、建築物も一つあるのみ。

「魔海対策庁昂州支局棟【あまも亭】だぁ」

 オンボロ旅館でした。

「あれ? 渕沼ふちぬまさんは?」

 室内に戻ると、藍子が小夜理を探しています。

「またトイレに行っちゃったみたいだねっ!」

 馬穴の処理に向かったのでしょう。

「簗くんもいないよ~」

 いつの間に目を覚ましたのやら。

「どうせ八尋を探してるんだろ。あいつ鼻がきそうだから」

「なついてたもんね~」

「じゃあ艦橋あたりかなっ?」

「簗と八尋は、宝利さんとタモさんに任せときゃ心配ねぇ。もうすぐ下艦だし、甲板から前檣楼に行こうぜ」

 三人は冷房に未練みれんを残しつつ、食堂を出てトイレに向かうと……。

「やはり、こちらにおいででしたか。舷梯たらっぷの準備が整いました。八尋様は先に下艦しております」

「やっぱり簗くんと一緒~?」

「宝利もついております」

「そっか、仲直りできたんだな」

「ところでたまちゃん~、あれ気づいてる~?」

 風子は羅針艦橋の外板に貼りついた、真鍮の浮彫細工を指差しました。

「もちろんです。ただいま調査中ですが、どうやら艦内にはいないようですね」

 八尋の記憶からプライバシーの概念を知ったのか、レンは月長の外側にしか分身を配置していない模様。

「トイレにはいませんでしたよ」

 蕃神用(といれ)で馬穴を洗ってきた小夜理が合流しました。

 すでに予想していたのか、真鍮細工の存在と正体の説明は必要なさそうです。

 それは玉網媛たまみひめたち皇族おうぞくも同様でした。

「うーん、とりあえず下艦すっか。どうせ俺たちにゃなんもできねぇし」

「おとなしく貼りついたままでいてくれると、信じるしかありませんね」

 玉網媛はレンを、ヒラさんよりマシと認識したようです。

 なにせ多少の揺れと衝撃があっただけで、月長のどこも壊していないのですから。

「あれ~? なにか騒いでるみたいだよ~?」

 舷梯を下りた桟橋の先、月長の艦首あたりで、簗が大声で叫んでいるようです。

「なぁんか嫌な予感がするぜ……」

「私は素敵な予感がします」

 歩と小夜理は正反対の印象を受けた模様。

「行ってみようよっ!」

「宝利さんは落ち着いてるようですね。大事ではなさそう」

 百華と藍子は舷門がんぐうえいを抜けて舷梯を下り始めました。

 残された釣り研究部の三人も駆け出します。

 そして桟橋を走って近づいてみると……。

「見ないで――――っ!」

 可愛らしく両手をフリフリしながら叫ぶ、簗の姿がありました。

 もちろん誰も聞いちゃいません。

 宝利はもちろん八尋までもが月長の舳先へさきを見上げて、ポカンと大口を開けています。

「なんだぁこれ」

 歩も開いた口がふさがりません。

船首像フィギュアヘッドみたいですね」

 小夜理は頬をほんのり染めています。

「簗くんにそっくりだね~」

 つまり八尋にも似ている訳で。

「裸だよっ! すっごく可愛いねっ!」

 陸野女子高校海釣り研究会の二人も大喜び。

「ほぼ実物大ですね」

 月長の舳先には、真鍮の船首像が鎮座ちんざしていました。

 全裸の簗をしたそれは、周囲を球体で飾り立てられています。

 おそらくレンの球状総合感覚器官でしょう。

「はいアウトォ――――ッ‼」

 股間が丸出しでした。

「うっわ~、すっごいプルプル感~」

「ちっちゃいっ! ナマコみたいだねっ!」

 堤防でよく釣れるコンパクトサイズ。

 手に乗せると、時々ピューッとしおを吹きます(注・ナマコの話です)。

「毛が生えてねぇ……まぁ当然だけど」

 簗はまだ満十歳です。

「だから見ないでよ――――っ‼」

 簗は歩の前にきてピョンピョン飛びねながら手を振りますが、四十センチ以上も身長差があるせいで、まったく効果がありません。

「これは……」

 玉網媛も、ただただ茫然ぼうぜんとするばかり。

「姉上、これで簗を手放せなくなってしもうたな」

 月長の象徴しんぼるになった以上、魔海釣行のたびに月長に乗せないと、本庁と本局の面目が立ちません。

「でもアレはちょっと……」

 真鍮の船首像はフルチンです。

模特児もでるわらべなら問題あるまい。芸術(あつか)いで誤魔化ごまかそう」

 背後で月長の士官さんが大勢集まって、写真をっていました。

 ロウニンアジ悪樓あくるのせいで難破船の撮影が中断されたので、中途半端に消費した感光膜ふぃるむを使い切るまで続きます。

 ……あっ、いま感光膜容器ぱとろおね(フィルムカートリッジ)を交換しました!

 本部と政府広報に送る写真を増量するようです!

 きっと明日の朝刊は、簗の裸体ぬうどが一面トップです!

「んにゃ――――っ⁉」

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