第四章・LINDORM・その七
「それでトイレに籠ってメソメソしてたんですか?」
「宝利、いまごろ困ってるだろうなあ……」
前檣楼の根本にある蕃神用厠に飛び込んで、泣きながら用を足した八尋は、隣の個室でキラキラレインボーしていた小夜理に相談していました。
個室の仕切り越しに一部始終を話している間、ずっとゲーゲー吐いていた小夜理ですが、一時的ながらも、ようやく船酔いが収まった模様。
次の波がくる前に、女子としての対応策を聞きたいところです。
「でも八尋くん、本当はわかっているんでしょう?」
「うん。同情でプロポーズした訳じゃないのはわかってる。わかってるんだけど……」
オシッコを我慢するあまり、薄っぺらい激情に身を任せてしまったのです。
「宝利が本気すぎて……」
いまは女の子な八尋ですが元は男の子なので、マジのプロポーズにどう答えればいいのか、どう断ればいいのかわかりません。
「そんなものは先延ばしでいいんです。八尋くんも宝利さんも、いままでそのつもりだったんでしょう?」
宝利は八尋が本当に元の世界へ帰れなくなるのを、そうならなければいいと願いつつワンチャン狙っておあずけ状態。
機会があれば、また八尋を口説きにかかるのは明白です。
「なんて躾のいいスパダリ……」
「えっ⁉」
「いえなんでもありません続けてください」
「……でも会うたびにお互い顔を背けるなんて、ぼく嫌だよ」
自分たちがナマモノ(実在の人物をネタにした腐純なBL妄想)の素材にされているとは露知らず、八尋は会話を続けます。
「まさか八尋くん、もう悪樓釣りはやらないなんて、いいませんよね?」
歩にもらったお守りを捨てれば、もう召喚される事はありません。
しかし、もう二度と会えない、決して結ばれない悲恋なんて、まだ汚超腐人にも進化していない小夜理には荷が重すぎます。
「やめろといわれても、ぼくはこの世界にくるよ。ヒラさんにも会いたいし」
今日の事件だって、ヒラさんがいなかったら、どうなっていた事やら。
「それに……」
宝利が、正確には宝利の筋肉が大好きです。
豪放そうに見えて繊細な性格も大好きです。
八尋を子供扱いしないところも大好きです。
「私を萌え殺す気ですか八尋くんは」
個室の仕切り板がガタガタ震えています。
八尋のお子様な恋愛(?)話を聞かされすぎて、思わず汚超腐人どころか腐老腐死の腐ェニックスに進化しかけた小夜理は、腐の臭いに敏感になっていました。
『このネタ、死んでも放さぬ』
いま別れられたら、この先なにを糧に生きればいいのか。
八尋の放つ宝利大好きオーラを全身に浴びて打ち震えながらも、小夜理は必死に解決の糸口を手繰ります。
「これからどうすべきか、本当はわかっているんでしょう?」
「う、うん……謝って仲直りするんだよね?」
「そうです。そして『まずはお友達から始めましょうね』で、この喧嘩はお仕舞いです」
「えっ? でも、ぼくと宝利はもう友達だよ?」
「それでもやるんです。あとは宝利さんが話を締めてくれます」
その後の展開は『我らは既に友であろう?』に決まっています。
「あとは(ベッドの上で)友情を確かめ合うなり義兄弟の盃を(ベッドの上で)交わすなり(ベッドの上で)どうとでもしてください……つーか末永く(ベッドの上で)爆発しろぐがぼぉあうぇおぶぁごぶごぶ」
「わわわっ……わかった、すぐ謝りに行くよ」
小夜理がまたキラキラを始めたので、八尋は個室の扉を……。
「しまった、みんな脱いじゃった」
お花摘みは初めてだったので、八尋はどこをどう脱いでどんな格好で用を足せばいいのかわからず、巫女服どころか肌襦袢や裾除け(腰布)まで放り出してしまったのです。
「どうしよう」
どうしようもありません。
いまの八尋は全裸です。
そして和服の着つけはできません。
小夜理が復活するまで全裸待機が運命なのです。
不銹鋼製の洋式便座なのが、せめてもの救いでした。