第一章・プチ合宿・その一
「夏休みだぁーっ!」
一学期の終業式とHRが終わり、磯鶴高校釣り研究部の四人はオンボロ部室小屋に集合していました。
「それで歩さん、今日はなにを釣るの?」
釣り研究部でも唯一の男子部員、稲庭八尋は、倉庫から自分のタックルバッグを出しながら聞きました。
小学生みたいに小柄で亜麻色の髪を持ち、女の子みたいに可愛らしいので、うんしょうんしょと運び出す八尋のお尻を、他の三人はうっとりしながら眺めます。
「……今日は釣りしねぇっていったろ?」
部長の日暮坂歩がキョトンとした顔でいいました。
ドイツ系クォーターで金髪碧眼と百七十センチの長身を持ち、キリリとした太い熱血眉毛と、鬼のように尖った下顎の犬歯。
そしてなにより、はち切れんばかりの巨乳が特徴です。
「いわれてないよ?」
八尋は『ほにゃ?』とした顔で首を傾げました。
「昨日メール送ったろ?」
「もらってないよ?」
「わたしもらった~」
堂々巡り寸前の問答を続けていると、風子がスマホを掲げました。
風子は八尋にそっくりな双子の姉で、小学生みたいな容姿と長い茶髪《天然》を持ち、わざとらしく可愛い子ぶった仕草と口調でクラスメイトにモフられるのを防ぐ要領のよさを備えるなど、お馬鹿さんなのか、お利口さんなのか、よくわからない性格をしています。
「ほらこれ~」
スマホの画面には、昨日の夜にもらった歩のメールが。
『プチ合宿するから明日の部活は釣具店で買い出し云々《うんぬん》』と表示されていました。
「なんで姉ちゃんだけ⁉」
「しまった忘れてたか。まあ風子に送ったんだから問題ねぇだろ」
「まあ、そうなんだけど……」
「私はもらいましたよ」
副部長の渕沼小夜理も画面を八尋に向けました。
表示されたメールは、風子がもらったのと出だしは同じですが、後半部分がちょっとだけ変更されています。
「風子さんと八尋くんの靴を買いに行くんですよね。スニーカーでは地磯やテトラ帯に入れませんから」
小夜理はセミロングのちょっと地味な風貌で、家の船宿(遊漁船を営む簡易宿泊施設)の手伝いで力仕事をしているせいか体格がよく、歩と風子を纏めて組み伏せる腕力の持ち主です。
料理の腕前もプロ級で、調理師免許と、ふぐ調理師免許を取得していますが、乗り物酔いが酷く、船舶免許だけは持てない悩みを抱えていました。
ちなみに釣り研究部の部員は一年生しかいません。
先年度は新入部員獲得に失敗し、三年生は受験で引退したのです。
「スニーカーじゃ駄目なの?」
磯はともかく、テトラがどうとかは理解できない八尋です。
「せいぜい堤防釣りくらいにしか使えねぇ。足場は悪ぃし濡れて滑りやすいところもあるから、専用のサンダルやウェーディングシューズがいるんだ」
「ウェーディ……なにそれ?」
「ケッコンするの~?」
「まあ店に行きゃわかる。風子、軍資金は?」
「ちゃんともらったよ~。お父さんが奮発してくれた~」
風子がスマホを弄って、電子マネーのアプリを表示します。
「なるほど、あの親父さんは抜け目がねぇな」
学校に現金を持ち込むリスクを考えたのでしょう。
選択肢が電子マネーの使える量販店に限定されてしまいますが、そもそも子供サイズのフィッシングシューズやサンダルは大型店舗でしか扱っていないので、そこまで計算しての配慮と思われます。
八尋たちのお父さんは釣り具メーカーの社員で釣り師なので、そのあたりは詳しいのです。
「二万ももらっちゃった~。残りは仕掛けやルアーを買えって~
「……風子、他にもなにかいわれたろ?」
「ぜんぶ使え~、使いきれっていわれた~」
趣味の道具は高価と相場が決まっていますが、子供用となれば話は別。
大人用の半分以下の値段で買い揃えてしまえるので、高級なものを買っても、おつりの方が多くなりそうです。
「残りは自分たちで考えて買えって事かぁ。親父さんも曲者だなぁ……」
「これは時間がかかりそうですね。先にお昼を食べてしまいましょう」
小夜理がエプロンをつけながら提案しました。
「米は炊いてあるか?」
部室小屋の炊飯器はガス式の骨董品なので、保温はできません。
「朝のうちにタイマーかけておきましたよ。もう少しで炊けるようですね」
「おかずはどうするの?」
「朝釣ったサバを酢締めにしといた。バッテラにしようぜ」
「やた~♡」