断章・その二
『……〇〇市議会議員がイベント会場の控室で小結の錦大帝に執拗なセクハラを行い重症を……』
「誰よ釣り座にラジオ持ち込んだの⁉」
桟橋に停泊している二トン級の刺し網漁船を改造した遊漁船(釣り船)【あさがり丸】の大艫(後部甲板最後尾)で、ハゼ釣りをしていた綱島莞子がキレていました。
生真面目そうなおさげ髪が特徴の女の子で、磯鶴高校船釣り部の副部長です。
「騒ぐな……暑さが倍増する……」
ボーイッシュなショートヘアの北川亜子が苦言を呈します。
「こんな風もこない船着き場はイヤじゃん! 風通しのいい堤防行こう!」
セミロングの江下千歌は釣り場の移動を提案します。
「駄目に決まってるでしょ。そんな事したら私たち船釣り部じゃなくなっちゃうじゃない」
莞子は意地でも船上で釣りをする気です。
「普段はデカくて脂臭い部長だけどー、いないと不便だよねー」
ちょっと高めの身長でショートボブの鍔黒作江がボヤきました。
あさがり丸は部長の相楽光蔵ラックスが不在で、エンジンをかけるどころか出航許可さえ取れない状況です。
仕方なく残った部員たち四人は、動けないあさがり丸の甲板から、ハゼの穴釣りやクロダイ狙いの落とし込み釣りやメジナを狙った浮き釣りを強行していました。
操舵室の後部からキャンバスを張り、スパンカー(風上に向けて船を安定させる幌)まで上げて作った日陰にいるものの、返って遠赤外線で蒸し焼きにされているようです。
「いま光蔵さんの悪口いった? 〇すよ?」
莞子の目がマジの殺気を帯びました。
「怒るな……暑さが倍増する……」
もはや、なにをやっても気温が上昇するような気がします。
「そもそも納竿する(釣りをやめる)って選択肢はないのー?」
「ない! 夕方には光蔵さんが帰ってくるんだから、それまでここから絶対動かない! これは副部長命令よ!」
「莞子が……船舶免許を取らないのが悪い……」
「なんですって⁉」
部長しか免許を持っていないのが、船釣り部のアキレス腱。
「免許取ったら……部長が船に乗ってくれなくなる……わざと取らない……」
「うちは部長しか男子いないから、女子に免許持ちがいたら逃げられると思ってるじゃん。莞子が」
「うぐっ⁉」
あさがり丸は莞子が漁師を引退する親戚に寄付してもらったもので、二年前に老朽船の引退で廃部になった船釣り部を復活させたのも含めて、すべて免許持ちの光蔵を引きずり込むための口実。
光蔵は卒業したら下関の水産大学へ行ってしまうかもしれないので、それまで少しでも一緒にいたいと考えての行動です。
しかし莞子が苦労して集めた部員は一年の女子のみで、男子の勧誘は失敗。
二年生は既に部活動をしているか家業で忙しいので無理。
そんな訳で、光蔵は船釣り部で、ただ一人の男子部員になってしまいました。
女の中に男が一人。
肩身が狭いだけでなく、男子高校生として社会的に致命的なシチュエーションです。
「ホントは二人っきりで釣りしたいんだよねー?」
「うぐぐっ⁉」
「……ウチら……お邪魔虫……」
「うぐぐぐぐっ⁉」
相楽光蔵は頭も性格も人当たりもよいドイツ系クォーターで、ルックスの問題さえなければ女子にモテるタイプです。
巨漢デブでさえなければ……。
そして、そのルックスをモノともしない唯一の女子こそ、副部長で幼馴染の綱島莞子でした。
「いい加減結婚しろー。日暮坂さんは敵じゃないぞー」
いまのところ光蔵を狙っているのは莞子だけです。
莞子は同じ幼馴染で光蔵の従妹でドイツ系クォーターの金髪でボンキュッボーンな歩を猛烈に敵視していますが、当の歩にその気は一切ありません。
肝心の光蔵はというと、誰かに懸想している様子はなさそうで……。
「とりあえず告白じゃん?」
「あの人……気づいてもいない……アピールは大事……トゥイッチ&ジャーク……」
「私はルアーじゃない!」
「莞子はハードルアーだもんねー」
とても慎ましいお胸をしています。
「集魚剤つけても無駄じゃん?」
「もうちょっと太れ……ソフトルアーになれ……」
「目指せカーリーテールじゃん!」
カーリーテールは丸っこい虫を模したソフトルアーで、ヒラヒラした尻尾をつけています。
「ええい煩い黙れ! あとラジオ消す!」
「ああっ駄目だよー! もうすぐ爆轟問題の月月火木木金金曜サンシキダンが始まるんだからー!」
旧式の携帯ラジオを巡って揉みあいになる莞子と作江。
『……昨日の午後二時、○○市の沿岸でカツオの一本釣り漁船【第六まどろす丸】が暗礁に乗り上げ中央から真っ二つに……』