第二章・難破船・その七
月長の戦闘艦橋は、最上階にある防空指揮所の真下にありました。
「なんてこったぁ、ここだったかぁ」
歩が覗いた時は、てっきり主砲指揮所だと思い込んでいましたが、本物は大型測距儀の中心に存在します。
「防空指揮所と羅針艦橋の中間にあるもんだと思ってたぜ」
「そこまで背高ではありませんよ。扶桑じゃないんですから」
歩の影響で軍艦に多少興味を持っただけの小夜理でも、違法建築の異名を持つ扶桑型戦艦のアレなパゴダマストくらいは知っています。
月長は旧大日本帝国海軍なら準弩級戦艦に相当する大型艦ですが、超弩級戦艦の扶桑に比べて艦体が小さく、衝角を兼ねた踏段艦首を含めても百六十メートルくらいしかありません。
そのため月長の上構(艦上構造物)は、四分の三スケールまで縮小されています。
もちろん乗組員はスケールダウンできないので、その分だけ階層が減りました。
「でも中は意外と広いなぁ」
「玉髄と比べてはいけませんよ」
戦艦三笠は明治時代の後期に建造された戦艦なので、昭和初期に第一次改装で生まれたパゴダマストとは比較になりません。
「あれは三笠と大差ありませんから」
三笠記念館は小夜理も何度か見に行きました。
海に浮かばず波に揺れない船は大好きなのです。
「……なんか時代がごっちゃになってねぇか?」
「なっていますけど中身は大正時代っぽいですね」
弥祖皇国の艦艇は、女子高生が一夜漬けで覚えた知識を元にして設計されているので、デザインに矛盾を感じるのは仕方がありません。
「皆様、そろそろ魔海が現れるお時間です」
海図台を寝台代わりにして、子猫のように重なり合い、丸まって寝かされた八尋と簗の寝顔を、鼻の下を伸ばしながら眺めていた玉網媛が、本来なら艦長さんがいるべき羅針儀の前に立ちました。
同じく鼻の下を伸ばしていた一同が、双眼鏡を手に、窓際から水平線を注視します。
「姉上、念のために魔海の位置と距離を、もう一度頼む」
宝利命が高声電話(艦内電話)に手をかけて質問しますが……。
「顔のデッサン狂ってるよ~」
八尋たちの寝姿にホッコリして顔面が作画崩壊しかけているのを風子に指摘されました。
「ぬっ……おお、すまぬ」
空いている右手で表情筋を按摩する宝利命。
「正面十一時半、規模は半径八キロ。本艦からの距離は……」
「でけぇな」
「こちらは高度を取っておりますし、進路上に神気の空白域はございません。魔海の出現に巻き込まれる可能性は皆無でしょう」
「……ならば問題あるまい」
宝利は持ち上げかけていた左手の送受話器を高声電話本体に戻します。
「羅針艦橋への連絡はよいのですか?」
安全だと太鼓判を押した玉網媛ですが、なんだか心配になってきた様子。
「問題あるまい。月長の乗組員は手練れだ。魔海とのつき合いも長い」
「そうですね……きます」
その瞬間、戦闘艦橋の窓が黄緑色の光で満たされました。
「おおっ!」
現れたのは、魔海の中心部に聳え立つ巨大な岩山。
いえ、岩ではありません。
「なんだありゃあ⁉」
角張ったシルエットと複雑な多数の円柱を持つ人工物。
「全長は二キロといったところでしょうか?」
酔いが酷くて滅多に乗らないとはいえ小夜理は船乗り。
見ただけで、おおよその距離がわかります。
「いや……四キロか五キロだ」
「まさか、中央で折れている?」
船尾に【第六まどろす丸】と書いてあるのが読み取れました。
「あぁ。あれは……」
全金属製の(たぶん)純日本製品。
「難破船だ」