第二章・難破船・その六
「ところで榎原さんと支室さんは……?」
小夜理が藍子と百華の不在に気づいたのは、隼瑪のセクハラ祭りから解放されたあとでした。
「しまった抜け駆けかぁ!」
血相を変えた歩が伝馬船の舷梯を駆け上がると、幌を外された開放型の船室を前に硬直する陸女の二人組を発見。
「おいお前ぇら勝手に……」
「「し~~~~っ! 静かに!」」
藍子と百華のガードで足を止める歩。
「?? 二人ともなにを……」
伝馬船の船室を覗き込むと……
――そこには天使たちが腰掛で凭れ合うように眠っていました。
「……やっべぇ鼻血出そう」
「起こしちゃダメだよっ!」
百華は荒い口調ながらも声を抑えています。
「お、おぅ……」
「なになに~? 八尋たち寝ちゃったの~?」
風子と小夜理がやってきました。
「……………………‼」
小夜理は居眠り中の八尋と簗を見て絶句。
「なにこの可愛い生きもの……?」
藍子が胸をキュンキュンさせながら呟きます。
「まさか離艦に手間取ってるうちに寝ちまったのかぁ? こりゃ起こすのが勿体ねぇな」
「八尋は~、ちょっとやそっとじゃ起きないよ~? 簗くんは知らないけど~」
実体験を語る風子。
「簗も起きんにゃ。もちろんぶっ叩けば別にゃが」
隼瑪たち皇族も甲板に上ってきます。
「こっ、これは……」
思わず内股になってしまう玉網媛。
「どうする? 無理矢理起こすか? それとも運ぶか?」
歩は決断を迫られていました。
「ボディープレスで起こせるよ~。でもねえ~?」
このラブリーキュートな生物を叩き起こせば非難轟々《ひなんごうごう》間違いなし。
「運ぶしかなさそうだねっ! お姫様抱っこでっ!」
百華が両手をワキワキさせながら天使たちに近づくと……。
「やらせません!」
「ちょっと待ちなさい!」
小夜理と藍子がタッグを組んでガードを固めます。
「これは~……勝負で決めるしかないね~」
「どうやら俺の究極奥義を見せる時がきたようだなぁ!」
歩と風子が投球フォームをとりました。
「ルールは~?」
「スタンダード!」
たちまちジャンケン大会の始まりです。
「イヤ~ッ!」
「グワーッ!」
早速、風子と百華が脱落しました。
「腕力ならともかく、勝負勘なら俺が上だぜぇ? マキエはここで諦めろよぉ」
「大きな胸が邪魔で抱っこなんてできないでしょ? 諦めるのは歩の方です」
「百華はドサクサ紛れにセクハラする気でしょ?」
「藍子はムッツリスケベだから任せられないよっ! 八尋きゅんと簗きゅんのDTは、あたしが守るっ!」
そこから先は長期戦です。
「この子が将来、宝利みたいに……?」
騒ぎの中で、玉網媛は簗の寝顔に、かつて美少年だった弟の面影を見出していました。
「ならんならん。わちの子にゃぞ?」
小柄な隼瑪が即座に否定します。
「太りはしても筋骨隆々《きんこつりゅうりゅう》にはならぬにょ」
母親がいうのですから、それなりに期待でき……いえ、ポッチャリ体形でも頑丈そうな隼瑪の言葉は信用できません。
まだ低身長マッチョの可能性が残されています。
「吾輩を呼んだか姉上?」
玉網媛の後ろに巨大なマッチョが立っていました。
弥祖皇国第三王子、宝利命。
長いバサバサの黒髪と屈強な筋肉を持ち、真っ黒な陣羽織を羽織った、身の丈七尺(約二メートル十センチ)もの大男です。
「宝利⁉ いつからそこに⁉」
「たったいまだ。八尋は眠っておるようだな? 隣におるのは簗か?」
「そっ……そうです! 宝利に運ばせようと思っていたのですよ!」
慌てて誤魔化す玉網媛。
さすがに当の本人にだけは、捩くれたブラコンを覚られる訳には行きません。
「そうか……承った」
白熱化した勝負をよそに、寝ている八尋と簗を担ぎ上げる宝利命。
「あ~っ! 宝利さんずるい~!」
風子に気取られたものの、あとの祭り。
「戦闘艦橋に参ろう。姉上の神託通りなら、そろそろ魔海が出現する頃合いだ」