第二章・難破船・その五
「お久しゅうございます、隼瑪叔母様」
月長の飛行甲板で、伝馬船から降ろされた舷梯に現れたのは、玉網媛の従妹叔母に当たる光和隼瑪でした。
「おんやまあ玉ちゃん綺麗になったにょう」
小柄なポッチャリ体形で愛嬌のある、ご近所の小母さんのような風体の隼瑪は、見かけによらず素早い動きで玉網媛に駆け寄ります。
「ちゃんと飯食うちょるか? 食わにゅと元気な子を産めにゅぞ?」
玉網媛のお腹やお尻をなでまくる隼瑪。
「これは安産型にゃ。もうちっと肉が欲しいところにゃが……」
「おやめください叔母様! 蕃神様がたの御前ですよ⁉」
くすぐったくてモジモジする玉網媛。
「にょっ、そにゃたらが当代の蕃神様かにょ」
「へっ……⁉」
いきなり話を振られて驚く四人。
正気に返って最初に返事をしたのは歩でした。
「……日暮坂歩。磯鶴高校釣り研究部の三十二代目部長だぁ」
握手しようと右手を差し出すと……。
「これはまた見事な乳にゃのう!」
「うわっひゃあっ⁉」
大きな胸をモミモミされて、歩は堪らず飛び退きました。
しかし開いた距離は瞬時に詰められ、今度はお尻をポンポン叩かれます。
「いくらでも産めそうにゃ! 歩様はいい嫁になれるにゃ!」
「田舎のオバチャンかぁーっ⁉」
「こっちはなかなか骨太にゃ! 踏んでも折れにゅ若木のようにゃ!」
歩が解放されると同時に、小夜理が餌食になりました。
「キャ――――ッ‼」
「さてお次は…………おにょっ?」
隼瑪の目が風子に留まります。
「おばちゃん~、よろしくね~」
「…………なんにゃ、玉ちゃんはもう子作りに励んでおったにょか」
頭をなでられました。
「叔母様⁉」
羞恥で顔を真っ赤に染める玉網媛。
「わたし~、玉網さんの子供じゃないよ~?」
風子は小学生にしか見えませんが十六歳です。
いくら玉網媛が強大な神力を持つ皇族でも、五歳で子供は産めません。
「にゅっ⁉ にゃら、まさか巻ちゃんの?」
二十年以上も前に隼瑪や投網媛(当時)と次期女皇の座を巡り、悪樓退治で争った巻網媛は、先日、初のご懐妊が発覚したばかりです。
「まだ生まれておりませんっ! このお方は蕃神様です! 数えで十六です!」
「そうかそうか。それはすまんかったにょう……十六?」
満十五歳で、来月には十六の誕生日を迎えます。
「高校生だよ~?」
「見栄を張って嘘吐いちゃ駄目にゃ」
「ホントだよ~‼」
とうとう風子は怒り出してしまいました。
「ホントだよ~‼」
大事な事なので二回いいました。
「俺……風子が意地になってるの初めて見たぜぇ」
ここまで話が通じない皇族に会ったのも初めてです。
「一発で見抜いたにゃ。八尋様の姉妹にゃろう? しかも双子にゃ。それにゃら嘘に決まっとるにゃ」
「八尋も十五だよ~!」
「……ほんまか?」
「マジだよ~」
暫し見つめ合う隼瑪と風子。
「まさか五つも下の童に『友達ににゃろう』なんて申す女子がおるとは、わちも思わなんだにゃ」
「なんの話~?」
「八尋様は優しいお方にょ」
「八尋はいつだって優しいよ~?」
風子はにっこりと笑みを浮かべました。
どんな時でも八尋が褒められると機嫌がよくなるのです。
「あと八尋は男の子だよ~」