第二章・難破船・その四
月長に接近し、並走する独角仙ですが、八尋はなかなかやってきません。
上甲板の懸架装置で艦外に出された伝馬船を飛行甲板の懸架装置に吊り下げ直し、飛行甲板に降ろして懸架装置を収納して……。
格納庫も昇降装置もない実験艦の独角仙は、艦載艇を空に浮かべるだけで大仕事なのです。
艦種が軽空母ではなく矢倉船のままになっているのは、ここに原因がありました。
搭載されている伝馬船の数も少なく、航空母艦を名乗るには性能不足が酷すぎるのです。
「やっと八尋が出てきた……」
「時間かかったね~」
月長の防空指揮所から、伝馬船に乗り込む八尋たちの姿を見て、ホッとする一同。
離艦さえできれば、あとは月長の飛行甲板に降りるだけ。
艦の左右だけでなく、前檣楼と後檣楼の間にも発着場と大型昇降装置があるので、そちらに収容される可能性もあります。
「では、わたくしたちも参りましょう……小夜理様はどちらに?」
玉網媛の視界から、いつの間にか姿を消していました。
「また吐きたくなったんじゃねぇかなぁ? さっき傾斜梯子に行くのを見たぜ」
馬穴を持ってこなかったのが裏目に出たようです。
「エレベーターは四人乗りだから、一人は徒歩だなぁ」
「わたし行く~」
また支柱を歩いて降りる気マンマンという顔で立候補する風子。
「ただし風子、テメーはダメだ」
「やた~!」
実は初めての昇降機に興味津々《きょうみしんしん》だった模様。
「しまった、ハメられたか……じゃあ俺が歩くとすっかなぁ」
歩も玉髄や仏法僧型関安宅にはなかった対空機銃を間近に見たいと思っていたところです。
「あ~ん、エレベーターこないよ~」
誰かが使っているようで、なかなか上がってきません。
「いまのうちだなぁ」
この隙に下りれば見学に使える時間が増えそうです。
「うわぁ、けっこうキツイなぁ」
傾斜梯子はかなりの急角度。
手摺もついていますが、上りはともかく下りは時間がかかりそう。
「じゃあ、こんなのはどうだぁ?」
傾斜梯子に足をかけず、両側の手摺に掴まって滑降します。
「ヒャッホ―!」
神力でいくらでも減速できるので、見た目ほど危険な行為ではありません。
「おおっ、左右にも測距儀があるぜぇ!」
下りては階層を一周して見学する歩。
「パゴダマストの実物なんて、異世界でもねぇと見る機会はねぇよなぁ」
昭和初期の日本にしか存在しない特殊な構造で、まさにガラパゴス。
特に敵艦を水平線越しに攻撃するための高い仏塔型艦橋は、空飛ぶ竜宮船に必要だとは思えません。
つまりこれは蕃神の入れ知恵によるものな訳で……。
「誰だよこんな無用の長物を作らせたやつ……」
脳裏に姉の由宇が浮かびました。
蕃神は弥祖に近代技術を伝えるため、専門知識を勉強する者が多く、当然ながら軍事技術も例外ではありません。
歩は召喚されるようになってから船舶に詳しくなったクチですが、由宇はもっと昔から軍用艦艇の本ばかり読み漁っていた気がします。
プラモも作っていました。
ついでに軍艦モノのゲームもやっていました。
これはもう間違いなく軍艦マニアです海軍オタクですミリオタ海民です。
「まさかこの艦橋も、姉貴が……?」
釣り研究部に入る前は美術部にいた日暮坂由宇なら、艦艇の図面を丸暗記するくらいやりかねません。
非オタの女子高生ならパゴダマストの意味を知らずに伝えた可能性がありますが、犯人が由宇なら絶対に確信犯です。
違法建築な艦橋を見たいという、ただそれだけの目的で。
「中学が美術部で高校は釣り研で、大学は寮に行っちまったから、よく知らねぇけど……なんで古文教師なんかやってんだ?」
どーしてこうなった。
「まさか男……はありえねぇな」
たとえ彼氏がいる、もしくは過去に存在したとしても、昔からスタイルが良くモテた由宇が影響を受けたとは考えられません。
男の趣味に合わせるのは、モテる男を彼氏にした女性の発想です(異論は認める)。
「おっと、あの船、右舷に降りるみてぇだな
中部の発着場は離着艦が難しく、左舷は独角仙がいるので避けたようです。
前檣楼中間部の戦闘艦橋は無人と推測していた歩は、中を覗いてみたかったのですが、どうやらその時間はなさそうです。