断章・その一・後編
「最近の装備は重くなったにゃ。昔はもうちっとつけるの楽だったのにゃ」
紅消鼠(暗い灰色がかった赤茶色)の神官装束を纏う隼瑪は、八尋の腰に胴乱のついた革帯を巻きながら愚痴を零しました。
髪は茶色の虎柄。
どんな構造で縞々《しましま》を形成しているのか不明ですが虎柄です。
ネコミミと尻尾が生えているので茶トラです。
「昔って、悪樓釣りやった事あるの?」
「もう二十年は経っちょるにゃ。投網ちゃんや巻網ちゃんたちと一緒に蕃神様呼んで、悪樓を取り込みまくったにゃ」
投網は今上女皇(当代の女皇)、巻網は元・魔海対策局の局長兼神官長で、先日、魔海対策庁長官になったと歩や玉網媛から教わっています。
つまり隼瑪は魔海対策局時代からのベテラン神官。
ブランクは長そうですが、八尋の召喚を一人であっさり成功させているので、その腕前はまったく衰えていないと思われます。
しかし時代が異なれば装備も更新されているもので、さすがの古強者も難儀している模様。
「ところで、これはなんにゃ?」
革帯についた胴乱の一つに、中身の入っていない細長いものがありました。
「ああそれ? ヒラさん……ヒラシュモクザメの宝珠を入れるんだよ」
「おお、そうにゃったか。この前、醒州で捕まえた大物にゃな? 飛んでる悪樓を捕えるにゃんて八尋様は凄いにゃ」
「う……うん、そう……」
先日、抄網媛が起こした八尋誘拐事件は、醒州と魔海対策局(当時)の裏取引で、玉髄から逃げたヒラシュモクザメを八尋が捕獲したと世間に公表されています。
その一件については、後日に単独で召喚された歩から、政府の機密事項で他言無用と念を押されていましたが……。
「……違うの。ヒラさんは攫われたぼくを助けにきてくれたんだ。いろいろあって嘘をつく事になっちゃったみたい」
その様子を見て、隼瑪はニッコリと笑いました。
「わちの負けにゃ。八尋様は正直者にゃな」
どうやらカマをかけられていたようです。
「抄網ちゃんの件は知っとるにゃ。わちはあの時、醒州にいちょったからにょ」
革帯を巻いた八尋の腰に袴を穿かせる隼瑪。
「どうして知らないフリしたの?」
「わちの子を任せるに相応しい男子か見定めるためにゃ」
嘘を吐き通していたら、それはそれで信用されていたのではないかと八尋は思いました。
正解と不正解しかないクイズ問題ではなく、八尋の為人を見るための引っかけ問題。
ちょっと失礼な気がしますが、八尋は歩に『皇族は変人しかいねぇ』といわれているので、気にしない事にしました。
こちらも嘘を吐こうとしたので、お互い様です。
「三男坊の簗にゃ」
八尋の着つけを終えた隼瑪が脱衣所の扉を開きます。
扉の向こう側には、八尋と同じくらいの背丈で、おとなしそうな男の子が立っていました。
「光和……簗です」
男の子はオドオドしながら名乗ります。
その仕草に、八尋は共感を覚えました。
「僕は稲庭八尋。よろしくね」
なんの抵抗もなく、すんなり名乗れたのは初めてかもしれません。
簗の髪はグレーの鯖虎柄で尻尾はフサフサ。
対して八尋の髪は日本人離れした亜麻色で、尻尾はありません。
簗の袴は鮮やかな黄緑色。
八尋の袴は瑠璃色です。
なのに、なんだか他人という気がしません。
髪色も目鼻立ちもまったく異なるのに、鏡を見るように瓜二つ。
五つも年下なのに、雰囲気があまりにも似ているので、八尋はなんだか負けていられない気がしました。
「とりあえずお友達になろう。ほら握手」
八尋がお兄さんなのでリードしてあげなくては。
そう思って右手を差し出します。
「……………………♡」
手を握ると、簗の頬が桃色に染まりました。
お兄さんではなく、お姉さんを見る目つきです。
「甲板に行くにゃ。そろそろ月長と合流する時刻にゃからにょ」
隼瑪が先導して艦内通路を歩きます。
傾斜梯子を上って前甲板に出ると、舳先の向こうに、側面を晒す真っ白な安宅船が浮いているのが見えました。
「あれが月長……?」
玉髄より一回り大きく、月白と薔薇色に塗り分けられた艦体。
翡翠を連想させる、左右に張り出した飛行甲板。
そして、なにより目立つのは、崩れかけの積木みたいな前檣楼。
「違法建築だ!」
SNSでちょくちょく見かける戦艦扶桑のイラストにそっくりでした。
扶桑型戦艦のように、いまにも艦橋だけ垂直離陸しそうな法外な高さこそありませんが、まるでキュビズムの絵画や彫刻のようで、見ているだけでSAN値を根こそぎ奪われ精神が不安定になってきます。
軍事に疎い八尋にも一目でわかりました。
ああ、また欠陥品を掴まされたな……と。
「玉網さんも大変なだあ」