その2
「ふぅ、ここまで来れば人目も無いでしょう」
私が無理矢理連れて来られたこの場所は、私の通う小学校の裏手にある山だ。
少し前までは活発な小学生の遊び場として使われることが多かったが、最近は危ない獣や不審者や幽霊を見たなどと不穏な噂が増えており、学校側が事件性を危惧して立ち入り禁止となっている。
「こ、ここは立ち入り禁止なんだぞ。こんなところに連れ込んでいったい何するつもり!?」
私はこの誘拐犯である梓さんとクソ豚をキッと睨み付けた。
そんな私を見て梓さんは困ったような表情を見せながら答えた。
「ごめんね。あんまり人目があるところで魔法少女のうんぬんの話は避けたかったんだよ。それにこの山にはワタシの家があるしね」
「嘘! 私を誘拐して、私がいなくなって心配で心配で居ても立っても居られなくなった私の愛しいお兄ちゃんに『ステラを返してほしかったら一生アタシのモノになりなさい』とか要求して、それでもって、あんなことやこんなことをお兄ちゃんと……おおぉぉぉぉぉーーーーっっ!」
私の心の奥底で黒いモノが渦巻くのを感じる。
せっかくお兄ちゃんと一緒に過ごせる日だったのに。それを邪魔され、ましてや奪おうなんて許さない許さない許さない許さない許さない……。
「ちょ、ちょっとステラちゃん!? ワタシはそんなことしないから! あなたのお兄さんと面識無いし」
「とかなんとか言って私を欺くつもりね! そうはさせないから! お兄ちゃんにあんなことやこんなことをされていいのは私だけなんだからああああぁぁぁぁーーーーっっ!」
もう私の中に理性など無い。あるのはお兄ちゃんに対する愛情。そしてお兄ちゃんを奪おうとするモノに対する憎悪と殺意のみ。
「急にどうしっちゃったの!?」
「完全に我を失っとるなぁ。見てみい。背後から黒いオーラを感じるわ。今不用意にお嬢ちゃんに近づいたら恐らく無事ではすまへんで」
「ああもう! 誰かなんとかしてー!」
「あの、どうかしましたか?」
我をほとんど失っている私の目にもほんの少しだけ認識できた。そこに現れたのはリリだった。
「き、君は? どうしてここに?」
「あたしは流川李莉と言います。あたしがここにいる理由よりもステラちゃんをなんとかすることが先決です」
「そ、そうね。えっと、これはいったいどういう状況なの?」
「この症状は、兄渇望症です!」
「兄渇望症!? それはいったい?」
「はい。この病はステラちゃん固有のもので、ステラちゃんのお兄さんが他の女の人と仲良くしていたり、お兄さんに長い間会えなかったり、またお兄さんとの大事な時間を壊せれても発症します。つまり!」
「つまり?」
「深すぎる愛による嫉妬です」
「……」
「なぜこうなったのかは分かりませんが、もしかしてステラちゃんがお兄さんと一緒にいるのを邪魔したりしました?」
「よく分からないけど、勝手に家に押しかけて、勝手にステラちゃんをここまで連れて来ちゃったかな」
「だぶん原因の大方はそれですね」
「えーと、それってどうすれば治るのかな?」
「私に任せてください」
リリが私へ近づいてきた。誰であろうとお兄ちゃんに手を出すモノは許さない!ガルルル……!
リリは私の前にしゃがみ込みポケットから何かを取り出した。
「落ち着いて、ステラちゃん。ほら、これを見て」
リリはポケットから取り出した何かを私の目の前に差し出す。何をしようと私を止めることなどできない。それが例えリリであろうと……も……!!
「学校へ登校中のお兄さんの写真。そして雨の日に濡れている子猫を助けるお兄さん。横断歩道でお年寄りの荷物を持ってあげてるお兄さん」
「!?」
その写真達を目にした途端、さっきまで心の中で渦巻いていた黒い感情が薄れ霧散していくのを感じる。
「そして極みつけは……これ!」
「お兄さんが寝ているステラちゃんにキスをしようとしている写真!」
「!! お兄ちゅああぁぁぁぁぁぁーーーんんん!!」
好き好き大好き!やっぱりお兄ちゃんはステラだけのモノなんだからぁぁん♡
「君、そんな写真どこで……」
「アタシ写真を撮るのが趣味でして。あっ、最後の写真は合成ですけどね」
「最近の子って皆凄いのね……」