96 初日:ツギーノ村到着と宿。
日が陰り、沈もうとする頃。
ナターシャ達の馬車列はようやくツギーノ村へと到着する。
村に入った3台の馬車は街道を外れて村の広場にゆっくりと停車。
馬車から降りたアーデルハイドが各人に指示を出す。
「では、私はこれから宿の手配を行います! 冒険者の方はそれまで馬車で待機していて下さい!」
冒険者達も慣れた様子で了承の声を出し、アーデルハイドはキビキビとナターシャ達の馬車に近付く。
まず最初に御者の男性に一礼したアーデルハイドは馬車の後ろ手に回り、ナターシャ達に話しかける。
「皆さんも同じ宿屋に泊まりましょう。誰か代表で付いて来てくれる方は居られますか?」
その提案を聞き、ガレットさんが手を上げる。
「では私が。少々お待ちを」
ガレットさんは自身のトランクを開け、革製の肩掛けバッグを取り出す。
それを肩に掛け、トランクを閉めてナターシャに指示。
「ナターシャ。旅費の入った袋を貰えますか」
ナターシャはリュックの中でアイテムボックスを開いて金貨袋を取り出し、ガレットさんに手渡す。
受け取ったガレットさんはバッグの中に収納し、馬車を降りる。
降りた後、アーデルハイドと共に宿屋へ出発する前のガレットさんから何点か注意される。
「ナターシャ。クレフォリアさん。外はもう暗いのでまだ馬車は降りないように。観光は後にしなさい。斬鬼丸。二人をしっかり警護しなさい。油断したり遊んだりしないように」
「任された」
胡坐を組みながら礼をする斬鬼丸。
ガレットさんはアーデルハイドと共に御者の男性の所に行く。
「では私は宿を取りに行きます。終わったら呼びに来ますのでそれまでお待ち下さい」
御者の男性も了承し、ガレットさんとアーデルハイドは宿屋へと向かう。
一体どういう風に宿を取るんだろうね。
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少しして二人が帰って来た。
どうやら大きな倉庫が横付けされた宿屋の一つに全員で泊まるらしい。
人数が多いせいでワンフロア貸し切り状態との事。
それはつまり、そのフロア内なら自由に行き来出来るという事?
冒険者さんと喋る機会が訪れたという訳か。……でも、今はまだ良いや。怖いし様子見。
だってワンフロア貸し切りって聞いた冒険者達が喜んで飲み会を開こうとか叫んでるもん。
下手に関わり持ったら多分ロクな目に会わないと思う。飲み会怖い。
過去のトラウマが再発しつつもナターシャは馬車から降り、その後ろにクレフォリア、斬鬼丸も続く。
他の馬車からも続々と冒険者が降り、全員降りたのを確認してから馬車は宿屋の倉庫に向かう。
3台の馬車が綺麗に並んで動く様子は中々迫力があるかも。
村の広場は街道以外の部分が踏み固められた土。つま先でトントンと突いても掘れない程度には堅い。
街道と広場の間は段差が無くなるようしっかり土が盛られているので、それなりに人気の宿泊スポットの様子。
街のイメージを簡単に表すなら……うーん……アレだ。西部劇の街。それに似た街が森の中に存在してるような感じ。
違う所と言えばあの謎の転がる草が無い所とか、家がログハウス的な感じでしっかりした造りをしている所とか。
のんびりと辺りを眺めていたナターシャにガレットさんから声が掛かる。
「さぁ、宿に向かいますよ。ナターシャ。クレフォリアさんと一緒に付いてきなさい」
着替えの詰まったトランクを斬鬼丸に持たせたガレットさんがナターシャに移動を促す。
なんか、斬鬼丸ガレットさんに上手く使われてるけど良いのかな……
斬鬼丸にそれで良いのかという視線を向けると軽く頷いたので承知済みらしい。
……ならいいや。後でガレットさんも魔法使えるのか聞こう。使えるなら収納魔法教えておこう。
余計な思考はそれくらいにしてナターシャはガレットさんに返事をする。
「はーい。いこっかクレフォリアちゃん」
そしてクレフォリアに手を伸ばす。
クレフォリアは喜んで手を取り、元気よく返事。
「はいっ!」
そのままガレットさんを先頭にして、俺達と冒険者ギルドの馬車を倉庫に収納している一軒の宿屋に向かう。
初めての宿屋だね。ちょっと緊張気味。
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ガレットさんに続き、今日宿泊する宿屋に入る。
宿屋に入って始めに思ったのが、意外と暗いという事。でも夕暮れと大体同じくらいには明るい。
天井から吊り下げされた簡素なシャンデリアのロウソクと複数の壁掛けキャンドルホルダー、中央の暖炉が主な光源。
宿屋の一階は広い酒場になっていて、ナターシャ達より先に入った何名かの冒険者が1つの長テーブルを占拠して集い、酒を注文し始めている。
部屋の中央にある大きな暖炉では丸底の大鍋が火に掛けられていて、宿の中はとても暖かい。
鍋は何かを沸かしているようで湯気が立っている。
ナターシャ達は、酒場の右側にある階段を上って2階へと向かう。
階段を上っている最中に鍋の中を覗いたが、鍋の中ではただのお湯を沸かしているようだった。
暖房用かな?と思っていると一人の上半身裸になった男性が鍋のお湯を桶で掬い、それに布を浸して絞って身体を拭いている事から、お風呂代わりにもなるのかと理解する。
まぁツギ―ノ村には騎士団が運営するお風呂があるので、俺達はそこに行く予定。
……いや、何で騎士団が居るのに騎士宿舎に泊まらないだよ、とか言わないで欲しい。
ガレットさんにはもうガエリオ隊長との契約書を見せたんだよ? 一昨日の夜、食事中に。
その上でガレットさんはこの宿屋を選んだんだから、きっとこれは必要な事なんだと思う。
……まぁ、正直に言えばなんで普通の宿屋なのか分からん。後で聞こう。
2階に上がると小さな踊り場があり、その右手には部屋のドアが2つ。
その奥は4つ程の部屋と最奥には3階に上がる為の階段。
ガレットさんは早速部屋割りを説明する。
「ナターシャとクレフォリアさん、それと私は同じ部屋になります。斬鬼丸はアーデルハイドさん、ケビンさんと同室です。宿泊する部屋はこの踊り場前の二部屋。左が私達の部屋。右が斬鬼丸、貴方達の部屋です。分かりましたか?」
「はーい」 「分かりました」 「御意」
3人はそれぞれ返事を返す。
ガレットさんは微笑むと更に指示を出す。
「よろしい。では斬鬼丸。荷物を私達の部屋に運んでください。行きますよ」
「御意」
ガレットさんは鍵を使ってドアを開け、斬鬼丸を引き連れて部屋の中に入る。
『……ナターシャ。クレフォリアさん。貴女達も入って来なさい』
中からガレットさんの呼ぶ声が聞こえたので二人は早速入室。
部屋の形は長方形。内装はちょっと広めのベッド2つにコート掛け、それと何とも珍しいガラス窓。
ベッドの間には棚があり、窓の傍には二人掛けの丸テーブルが1セット。
光源として壁掛けキャンドルホルダーが3つ、3又のキャンドルスタンドが棚の上に1つ。
刺さっているロウソクにはまだ火が灯されていないので、窓から差し込む夕日が現在の光源。
壁は漆喰で出来ていてとても滑らかな肌触り。とても上等な部屋だという事が分かる。
「良い部屋ですね……」
そんなナターシャの気持ちを代弁するのはクレフォリア。
ナターシャと手を繋いだまま物珍しげに部屋の内装を見ている。
「えぇ。子供に苦労はさせられませんから。……あぁ斬鬼丸、荷物はそこに。ありがとうございます」
ガレットさんは窓際に自身のトランクを置かせる。
その後、ガレットさんは窓際のテーブル席に座って休み、立っている3人にも指示を出す。
「では、ひとまずこの部屋で休みましょう。貴方達も食事の時間までこの部屋に居なさい。外に松明が建てられるまでまだ時間が掛かります。それまで外出は控えなさい」
「はーい」 「分かりました」
可愛く返事をする2人。ブーツを脱いでベットに乗り、遊び始める。
斬鬼丸は驚いた様子でガレットさんに問いかける。
「……む、拙者が居ても良いのでありますか?」
ガレットさんは椅子に座ったまま頷いて軽く説明。
「構いませんよ。貴方の部屋に入るにはアーデルハイドさんを探さないといけませんし、その間ナターシャ達の護衛から離れる事を考えるならこのままこの部屋に居た方が良いでしょう?」
その言葉を聞いて納得した斬鬼丸。
腕を組んで考えている様子を見せながら話し始める。
「……確かに。ではお言葉に甘えるであります」
そしてその場で胡坐を掻く。
まさかの斬鬼丸の行動に困った顔をするガレット。斬鬼丸に追加で指示。
「……私の隣の席が空いているのでそこに座りなさい。遠慮はいりません」
「御意」
その言葉を聞いて立ち上がり、ガレットの隣の席に座る斬鬼丸。
ギシィ、と背もたれ付きの椅子が軋む音がする。
ガレットは斬鬼丸と入れ替わりのような形で一度席から立ち、ベットで遊ぶ少女達に近付く。
近付いて来たガレットに疑問符を浮かべる少女二人。
ガレットは棚に置いてあるキャンドルスタンドを手に取りながら二人にお願いする。
「このロウソクに火をつけて貰えますか?」
あぁ成程。そういう意図ね。
理由を理解したナターシャとクレフォリアは二人一緒に火をつける。
「はーい。“点火”」 「“点火”」
二人によってキャンドルスタンドのロウソク全てに火が灯される。2-1でナターシャの勝利。
ガレットはそれを使って壁のロウソクにも火を付け、スタンドは棚の上に戻して再び窓際の席に戻る。
部屋にはナターシャとクレフォリアの話し声だけが響く。
楽し気な少女二人と違い、ガレットと斬鬼丸の間には何とも言い難い空気が流れている。
そんな中、ガレットがナターシャにお願いする。
「ナターシャ。リバーシを出す魔法を使って頂けますか」
はーいと返事をしてリバーシを出すナターシャ。
ポン、と音がしてガレットと斬鬼丸の居るテーブルの上にリバーシが召喚される。
そして斬鬼丸の方を向いて一言。
「……暇つぶしにリバーシでもしませんか?」
「……そうでありますな」
斬鬼丸も了承して二人はリバーシを始める。
窓の外は、森の奥に日が沈んでいく様が見えてとても綺麗だ。
GW終わったので投稿ペースが落ちます
スタッツへの旅終わらせたかった……




