95 初日:道中と昼食
3台の馬車は、森の中の何かを避けるように造られた街道をのんびりと進む。
前方、後方の馬車からは冒険者が2名ずつ降りてそのまま随伴。馬車の両サイドを警戒し、更に後方の馬車では御者台に座るアストリカがワンドを使い索敵魔法を広げている様子。
中央のナターシャ達の馬車では御者の男性を除いた4人でオセロ大会が行われていて、出番が回ってくるまで暇なナターシャは森の様子を眺めている。平和だ。
現在、ナターシャと冒険者ギルドの馬車は最初の目的地であるツギーノ村に進んでいる。
もう少し先にも宿泊できる村があるようだが、馬の飼料の質などの関係で比較的栄えているツギーノ村に停泊するらしい。
因みに道中の村は街道沿いらしく宿屋村が多い。中世ファンタジーっぽいね。
基本各村に有料トイレがあるので安心して旅ができるのだが、騎士団宿舎が無いいくつかの村にはお風呂が無いので困った所。どうしたもんかね。
あぁ、どうしてそんな詳細な情報が分かるのかって? 簡単な話。スマホを使ったから。
アーデルハイドさんから御者さんに手渡された羊皮紙の日程表借りて、宿泊先の村名なんかを地図アプリで照らし合わせてどういったルートを進むのか、村の施設はどんな感じなのかを調べた。
ツギーノ村までの距離とかも表示されたけど……まぁ実家からエンシア王国と大体同じくらいの距離。
ただ荷物が多いので馬車の速度が遅い。このまま順当に行けば17時から17時半くらいには到着する予定。
……ま、お風呂の事で困ったら魔法で何とかしよう。
魔法でテント創れるんだから多分お風呂も創れるハズ。最終的にテント魔法と組み合わせて簡易宿舎を召喚する魔法にすれば完璧だ。どこでも〇アならぬどこでも自宅。
そんな魔法創ったら旅先でメッチャ便利だろうなぁ……ふふ、楽しくなってきた。
馬車の後方の台に肘を突き、森を眺めながら可愛く微笑むナターシャ。
それにだ。嬉しい事もある。そう、スマホの事。
ホント、スマホを人目を気にせず自由に使えると分かってから気分が楽だ。
アイテムボックスから取り出す場面はまだ隠さなきゃダメなんだけど、それもリュックを利用する方式である程度解消済み。
アイテムボックス自体も今後の為にとフランシスさんが既に手を打ってくれているから安心出来る。
人に使い方を教えて欲しいと言われた際は基本冒険者ギルドに丸投げしてくれれば良いよって言ってくれたし。
クレフォリアちゃんに教えた劣化版詠唱を追加で教えた際に思いついたみたいだから、それで何かするんだろうね。
まぁアイテムボックスについて考えるのはこれくらいにしておいて、今大事なのはスマホ。
先ほど、俺の事情をあまり知らないガレットさんの前でスマホを操作したけれど気にも留められなかった。
この事から、ちゃんと祝福の効果が出ていると完全に理解。
今後困った時、人前で気軽にスマホを取り出す選択をしやすくなったのはとても助かる。
アイテムボックスもいずれ疑問視されなくなる事を考えれば、チートバレする要因がほぼ無くなったに等しい。
ふふ、ようやくやりたい放題しても咎められない幸せな異世界生活を手に入れられた。
可愛い微笑みが悪い笑みに変わるナターシャ7歳。人に見られないよう左手で口を隠す。今とっても悪い子かも。
そんなナターシャに声が掛かる。
「ナターシャ様、順番が回ってきましたよっ。一緒にやりましょうっ!」
楽しそうにナターシャを呼ぶクレフォリア。
表情もとっても張り切っていて可愛い。オセロが楽しくて仕方ないのだろう。
呼ばれたナターシャは普通の笑顔で馬車の中を向き、リバーシをする為に移動する。
「おっけー、先行は貰うね」
「はいっ!」
再び順番が回ってきたナターシャは、クレフォリアと一緒にオセロで遊び始める。
今後に向けてこんなに完璧な策略を巡らせているのだ。今の俺の頭脳は冴え渡っているに違いない。
クレフォリアちゃん、今度は負けないぜ……?
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「よっしゃぁ私の勝ちィ……!」
「……むぅぅぅっ!」
冷や汗を流しながらふへへと笑うナターシャに、悔しくて悶えるクレフォリア。メッチャ接戦でした。
その様子を見てガレットさんも斬鬼丸も楽しんでいる様子。
今回は何とか勝利をもぎ取ったが、クレフォリアちゃんとはこれで3勝4敗だ。
もう1回勝てなければイーブンに持ち込めないので、次は更に姑息な手段を使ってでも勝ちに行こうと思う。
まぁまずはお片付け。悔しそうな表情のクレフォリアちゃんと共に駒の片付けをして、次の勝負。
クレフォリアちゃんは2戦したので交代し、今度はナターシャと斬鬼丸の番になる。
クレフォリアちゃんとの勝負では譲り合いで先攻を決めるが、大人との勝負はリバーシの駒をコイントスのように飛ばして白か黒か当てる事で先攻後攻を決める。ハンデも無し。
一見すると不公平だが、それだけ大人も楽しんでいるという証である。
そもそもの話、ボードゲームは戦略などを考え始めればキリが無い。
だが、それが無い内は大人も子供も平等に戦えるのがボードゲームの利点なのだ。
……でも勝利には貪欲なのでスマホでしっかり戦略を学ぼうと思います。レッツチート。
と考えている内に鉄製のチェス盤の中央に4つの平たい駒が互い違いに置かれ、オセロの準備が整った。
早速、先行を決める勝負が始まる。
斬鬼丸が駒を親指で弾き、手の甲の上に乗せて隠す。
そしてナターシャに色を問う。
「さぁ、どちらでありますか?」
「白」
斬鬼丸が隠していた駒を見せると色は黒。残念ながら決定権は斬鬼丸に渡る。
「……では、拙者が先行を。いざ尋常に」
「勝負」
ナターシャと斬鬼丸のオセロ勝負が始まる。
……勝者は斬鬼丸。やはり大人は容赦が無い。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
それから暫く経った後。
ガレットさんとクレフォリアちゃんの勝負が中盤に差し掛かり、角を取る駆け引きが始まった所で馬車がゆっくりと止まる。
前方の馬車から降りたアーデルハイドが各馬車に乗る面々に向けて声を掛ける。
「ここで一旦食事休憩を取ります! 冒険者の方は馬車に積んでいる木箱の中から各自食料を取り出して下さい!」
その言葉を聞いた冒険者は木箱の中からショートブレッドの包みを取り出し、流れ作業で仲間に手渡す。
包みを受け取った人から馬車を降りて日向に座り、食事を取り始める。
自身の持つ水袋の中身が少なくなっている人は馬車の中、台座に設置された横向けの樽の蛇口を捻り、飲み物を補充している。
護衛役の人はまだ食事を取らず、引き続いて周囲を警戒している。
ガレットさんもアーデルハイドの声に気が付いて顔を上げる。
「……おや。もうそんな時間ですか。では食事を作らないといけませんね」
盤面を見て難しい顔をしているクレフォリアちゃんに勝負の休止を告げ、食材の入った袋を持って立ち上がるガレットさん。
斬鬼丸には調理器具と薪を4本程持たせて馬車を降りる。
「ナターシャとクレフォリアさんも降りなさい。料理のお手伝いをお願いします」
「はーい」
ナターシャは元気よく返事するが、クレフォリアちゃんは違う。
「むぅぅ……」
未だオセロの盤面を眺めて唸っている。
ナターシャはそんなクレフォリアちゃんの目を両手で隠す。
「わっ、な、何ですかっ!?」
驚いて声を上げるクレフォリア。相当集中していた様子。
ナターシャは優しく話しかける。
「お昼ご飯だよ。一旦休憩しようね。その方が色々と思いつくよ」
「あ、はい。そうします……」
少し熱が冷めたようでクレフォリアも立ち上がり、少女2人は馬車から降りる。
クレフォリアちゃんって意外と熱くなるタイプなんだね。
御者の男性は馬用の水飲み容器を馬車から降ろし、魔法で水を補充して飲ませている。
魔法使えるんだ御者さん……初めて知った。
ガレットさんは森の中の街道、対向車用の通り道に陣取って料理を始める。
ナターシャは魔法での火起こしと、鍋2つに水を入れる事を要求された。まずはビーツの下茹でとの事。
クレフォリアちゃんはガレットさんの野菜や食器の水洗いを手伝っている。主に魔法での水出し。
斬鬼丸は薪の上に鍋を引っかける為の器具を組み立てている。分担作業だね。
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ガレットさんが作ってくれたのはじゃがいもとビーツのスープに、スパイスたっぷりのステーキ。
ナターシャ達は街道に座り込む形でそれを堪能する。斬鬼丸は食べれないのでお預け。
スープは底の深い木の器に入れられ、ステーキは木の皿に乗せられて提供される。
まずはスープだ。味はシンプルに岩塩のみ。しかし空きっ腹にはとっても染みる美味しさ。
しっかり煮込まれたじゃがいもはホクホクしていて、ビーツも煮込んだカブのような柔らかな食感の中にお芋に似たホクホクさがある。ダブルホクホク。
ステーキはちょっと塩味が強いかなと思ったが、スープと合わせると丁度いいバランスだ。
肉の風味が香ばしく薫る中に溶け込むキレの良い胡椒の辛味や風味、ハーブの香りがとても素晴らしい。
ただスパイスの中に山椒が入っていたらまた辛くて涙を流していたと思うので、ガレットさんは子供舌をよく理解していると思う。
そして食事中冒険者から話しかけられるかと思っていたがそんな事は無い。
なんでかと思って周りを見ると冒険者は交代で周囲の見張りを行っている。あぁ、仕事中だったのね。
平穏に食事を食べ終わったナターシャ達はそのままガレットさんの片付けを手伝う。
斬鬼丸と御者の男性は火の後始末と鍋を掛けていた器具の片付け、ナターシャとクレフォリアはガレットさんと一緒に洗い物のお手伝い。
魔法って便利だよねホント。特に何処でも水を出せるってかなり利点が多い。
洗い物の為に両方の手から水を出しながらそう思う。街道の端で。完全に蛇口扱いである。
ナターシャ達の後片付けが終わり、馬車に乗り込んだ所でアーデルハイドから出発の合図が出る。
外で座って喋っていた冒険者達は幌馬車に乗り込み、警戒に当たっていた冒険者はそのまま馬車の左右に付く。ナターシャはその様子を帆馬車の淵に頬を乗せながら眺める。
基本この馬車に合わせて動いてるっぽいな。焦らずゆっくり出来るのは有難い。
追加の号令で先頭の馬車が動き出し、それに続いてナターシャ達の馬車、その後ろの馬車も動き出す。
スマホを確認した所ツギ―ノ村まであと4時間。後は寝るなりオセロするなりで時間潰そう。




