93 色々とあるけれどようやく旅立ちの日。
遊び終わって家に帰って諸々した後の風呂上がり。
裏庭から自室へ戻る際、リビングから大きな声がする。
何事?と思って中を覗くと天使ちゃんとガレットさんが何やら喧嘩している。
「天使ちゃんの紋章受け取って下さいよー! 旅先で悪い魔法にかからなくなるし、教会でもそれなりに効果ありますからー!」
「……貴女が熾天使なのは分かりました。ですが、お断りします。私はこれまで清く正しくをモットーに生きてきました。入れ墨を入れるのは私の信念に反しますので」
「入れ墨じゃないですって! なんでそんなに意地っ張りなんですかー!」
「意地ではありません。これはメイドとしての矜持です」
どうやらガレットさんが熾天使の紋章を貰うのを嫌がっている様子。
お母さんもキッチンの影から二人の争う様子を不安そうに見守ってる。
見た感じこのままでは決着がつかなさそうな状況。
……しょうがないなぁ。一肌脱ぐか。もう脱ぐ服殆ど無いけど。
ナターシャは仲裁の為にリビングに入り、ガレットさんに話しかける。
「……ガレットさん」
丈の長い肌着だけという服装に少し火照った頬は風呂上がりだという事を示している。
ガレットさんはナターシャを見て、ふんわりした口調で話す。
「どうしましたかナターシャ」
声に優しさは籠っているが、天使ちゃんと争っていたせいで少々目つきが怖いかもしれない。
ナターシャはガレットさんを言い包める方法を考える。
まずは……そうだなぁ。
親の前だし7歳っぽくないけど論理的に攻めよう。こういう真面目な人は道理に弱い。
ナターシャはナターシャっぽさを崩さずに話しだす。
「……私はガレットさんの事をよく知りません。ですが、天使ちゃんの提案を受け入れて貰えませんか? 私達と一緒に旅に出る以上、ガレットさんも悪い人に狙われる可能性があります。私みたいに誘拐される可能性だってあります。ここはどうか、旅の安全の為に少しだけでも良いのでその信念を曲げて貰えませんか」
「……まぁ、それは……そうですが……」
ガレットさんもどうすれば良いかは分かっている様子。
でもプライドの関係で踏ん切りがつかないのだろう。それは有難い。
しっかり理性が動いているのなら、妥協案を示せば落とせる。
ナターシャは天使ちゃんに話しかける。
「……天使ちゃん。紋章の期間を限定する事って出来る? 2か月とか3か月後に自動的に無くなるとか。」
「え? あぁうん、出来るよ。最短6日くらい」
「……ガレットさん、天使ちゃんもそう言っています。期間限定でも良いので紋章を貰って頂けませんか。せめて旅の間だけでも。……皆無事に旅を終えたいのです」
ナターシャの言葉を聞き、少し険しい顔をするガレットさん。
暫くして決心したのか話し始める。
「……では、スタッツに到着するまでの7日間だけなら。それ以上は妥協できません」
相当な覚悟で発言した影響なのか、下唇を噛み締めている。
自身のプライドを曲げてこう言えるってのはとても理性的な人だからだろう。
普段感情的に動く身からすればカッコイイとすら思える。まぁ俺の場合7歳ってのもあるけど。
取り合えずガレットさんから妥協点を引き出せたので、ナターシャは天使ちゃんに確認を取る。
「天使ちゃんもそれで良い? 7日間だけだけど」
天使ちゃんは嬉しそうに頷く。
「うん! それで一安心☆ じゃあ、早速ですけど紋章付けさせて下さいねー……」
天使ちゃんは言い終わるとシビビビと人差し指の先からピンクの光を放つ。
それを見て、物凄く嫌そうな顔で天使ちゃんに手を差し出すガレットさん。そして一言。
「……痛くしないで下さいね?」
そう言って目を瞑る。注射怖がる子供かよ。
嫌がってた理由それが一番大きいんじゃないのかな、と思うナターシャ。
ガレットさんにも可愛い所あるんだね。
……まぁ良いや。ひと段落付いたし部屋帰って寝よ。
リビングの面々と、キッチンにて安心した表情になっているママンに就寝の意思を告げてナターシャは自室に戻る。
その後、同じく風呂から上がって来た天使ちゃんとクレフォリアちゃんに挟まれながらナターシャは眠るのだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
次の日。今日も快晴だ。朝飯も美味い。
一通りの支度を終え、リビングで旅の装備を整えているナターシャとクレフォリアの二人。
ナターシャは多少慣れた物だが、クレフォリアはこういった重装備は初めてのようで緊張している。
「た、旅ってこんなに重い装備を付けないといけないんですのね……」
服の上からベルトを巻き、ナターシャがエンシアに旅立った時と同じ装備を装着。
更にマントを羽織って防寒対策もして、クレフォリアちゃんも旅人らしい服装になる。
因みに今回、クレフォリアちゃんの服はお姉ちゃんのお古を着る事になっている。
多少サイズが大きく、袖や裾が余る服もあるが仕方ない。
ナターシャは少し気を緩めた感じでクレフォリアに話しかける。
「あはは、装備が重いかもしれないけど慣れたら楽だよ」
「ナターシャ様がそう言うならそうなのでしょうが……私、刃物を持つのは初めてで……」
そう言って腰のナイフの鞘を触るクレフォリアちゃん。不安そうだ。
「大丈夫、基本私達が武器を持って戦う事は無いよ。その為の斬鬼丸や冒険者の護衛だから」
「そうであります。ご安心くだされ」
斬鬼丸も気合十分。腕を組みながら頷いている。
装備の方は相変わらずショートソード一本のみ。お供の騎士らしさを出す為らしい。
「ま、ナイフの使い方は道中でしっかり練習しようね。私もお父さんに習ってるから多少は使えるから」
「は、はい……」
自信満々に話すナターシャに若干萎縮気味のクレフォリア。
因みにだが、ナターシャ自身のナイフ術は初心者に毛の生えた程度だという事をここに明記しておこう。
装備の装着が終わり、リビングから玄関に歩いていく2人の少女と護衛の斬鬼丸。
玄関では母のガーベリアが外出着を着て待っていた。服の上から綺麗な刺繍の入ったケープを羽織っている。
「ナターシャちゃん。クレフォリアちゃん。準備は終わった? 忘れ物はない?」
ガーベリアは問い掛けながらナターシャとクレフォリアの頭を軽く撫で、服を軽くはたいて二人の肩を持つ。
「大丈夫だよ。服、護身用の装備、旅先で使う物品やタオルもいっぱい持ってる」
アイテムボックスにね。
いやぁ、便利ですよ収納魔法。
文明の利器ですね。まぁ電化製品じゃなくて魔法ですけど。
「わ、私も同じくです……でも、少し怖いです……」
服をぎゅっと掴み、不安そうに話すクレフォリアちゃん。
その様子を見たガーベリアはクレフォリアを優しく抱きしめ、頭を撫でる。
そして穏やかな声で話してその緊張を解きほぐす。
「大丈夫よクレフォリアちゃん。貴女の旅にはナターシャちゃんもガレットさんも斬鬼丸さんも付いてる。護衛の冒険者さんも居るし、危ない時は熾天使様も助けに行くって言って下さったわ。だから大丈夫っ」
「……はい。ありがとうございます。」
ガーベリアの優しさを受け止めて、少し頬を緩ませるクレフォリア。
落ち着いたクレフォリアを解放した母は、次にナターシャを抱き締める。
「……ナターシャちゃんも気を付けてね。不安だけれど、ママはナターシャちゃんなら無事に帰ってこれるって信じてるわ。ナターシャちゃんは強いもの」
「うん。ありがとうお母さん」
暫しの別れなのでナターシャも母の温もりをしっかり堪能する。
やっぱお母さんの優しさは異世界一だな。
「じゃあ行きましょうか。村ではパパと熾天使様が待っているわ」
「うん」 「はい」
ガーベリアは少女二人と手を繋ぎ、玄関を出て村へと向かう。
その後ろに続く斬鬼丸も気合を込めて肩をガシャ、と鳴らす。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
村に到着したナターシャ達。
ママンとクレフォリアちゃんはアーデルハイドさんに挨拶に行くと言って一旦お別れ。
斬鬼丸も一応護衛として其方に付いていき、俺は一人残された形。
村の広場では、幌馬車に馬を繋ぐ作業が行われていた。
父のリターリスも馬車に二頭の馬を繋ぐ作業を手伝っている。
天使ちゃんはナターシャ達の乗る馬車に何か魔法を使っている様子。
「“衝撃緩和”、“摩擦軽減”、“耐久力向上”、“魔物除け”……」
「おー……天使ちゃんそれって付与魔法?」
ナターシャはぶつぶつ呟く天使ちゃんに話しかける。
付与していた天使ちゃんもナターシャを見て笑顔で答える。
「まぁね。この馬車一応サスペンション付いてるけど、それでも長旅はキツイだろうから天使ちゃんのパワーでマシにしてあげようと思って☆」
そう言って可愛くウィンクしてくれる。優しいなぁ。
まぁそういうのは一旦置いといて、個人的に尋ねたい事がある。
結構重要な話だ。今後に関わる。
「ねぇ天使ちゃん」
「どったん?」
「……付与魔法の使い方教えて?」
ウィンクに負けないよう可愛いらしく問いかけるナターシャ。お目目ぱちくり。
天使ちゃんも軽い感じに教えてくれる。
「簡単だよ? 単語を熟語にして、魔法の能力を込めた魔力をアイテムに封入する感覚♪ ただ、いきなり馬車とかスマホとかの大事な物に試さない方が良いよ。慣れない内は魔力を込め過ぎて魔力爆発するから」
「……ありがと」
簡潔な説明ありがとうございます。
神様が俺にさせるなと言っていた意味が良く分かりました。
まずは道端の石ころに試して遊ぼうと思います。
ナターシャは手頃な石ころを2~3個拾ってポケットに収納する。とりあえず付与魔法は後でね。
出発まで暇なナターシャは天使ちゃんの仕事っぷりを眺めていると後ろから肩を叩かれる。
驚いてビクッとするナターシャ。動きが固まる。
そのままナターシャの前に現れるのは、茶髪で少し癖毛気味なロングヘア―にダンディな髭の男。
いつも通りと言った感じで軽く手を挙げてから挨拶する。
「よう。元気か?」
ナターシャは男の顔を見て安心し、呆れた声で返答する。
「……おはようディビス。斬鬼丸が今の肩叩く所を見たら怒るよ?」
「ハハ、人の癖は一日二日じゃ直らないって事だ。護衛がいる時は極力気を付けるけどな。……それよりも、お前宮廷貴族じゃなくて領主の娘だったのか。驚いたぜ」
「……ん? そんな事話した覚えないけど?」
首を傾げるナターシャ。
ディビスは少し遠回しに理由を説明する。
「……まぁ何だ、人と会話するってのは色々とメリットが多い。お前の親が持って来てくれたクッキー、美味かったぜ」
「……あぁ、分かった。アーデルハイドさんから?」
「正解だ」
ナターシャはディビスに頭を撫でられる。
不服では無い。でも可愛い少女の頭を撫でるにしてはちょっと乱雑かな。
「まぁお前に話しかけたのは他にも理由がある。ちょっと顔を貸してくれるか? 冒険者を何人か紹介しておきたい」
「うーん……斬鬼丸戻ってきてからで良い? こっちにも事情があるから」
腕を組んで足を休ませ、待機する姿勢になるナターシャ。
下手に行動して一時的にでも行方不明扱いされると多分メッチャ面倒な事になる。誘拐未遂起こって間もないし。
ディビスも分かっているようで了承し、斬鬼丸の帰りを待つ。
暫くしてお母さん、クレフォリアちゃん、斬鬼丸が帰ってくる。
斬鬼丸はナターシャとディビスが揃っている所を見て驚き、ナターシャに話しかけてくる。
「……おぉ。ナターシャ殿は拙者の不在を危惧して既にディビス殿に護衛を頼んでいたのでありますか?」
「いや、たまたまだよ。……じゃあディビス。連れてきてくれる?」
ナターシャの言葉を聞き眉を顰めるディビス。不満そうに言葉を漏らす。
「……なんだ、俺について来てくれるんじゃないのか?」
「色々と事情があるから人の視線が少ない場所には気軽に行けないの。お願いっ」
手を合わせてディビスに懇願するナターシャ。
ディビスは大きく息を漏らして面倒そうに言う。
「……仕方ねぇな。ちょっと待っててくれ」
ディビスは歩いて冒険者ギルドの馬車の裏手に行き、2人の冒険者を連れてくる。
一人は弓兵の男性で、もう一人は軽装の女性。腰に豪華な装飾が施されたワンドを装着している。
一体何者なのだろうか。
……いやまぁ、冒険者ってのは分かっているけども。




