90 エルリックという街でのお話
ここはエルリックという街。
エンシア王国の北方に位置する街でこの物語は始まる。
街に立ち並ぶ建物の見た目は漆喰の円柱型の壁の上に石灰岩の板を積み重ねたキノコのような見た目。
背は低く、屋根の色味のせいで少し寂れているような雰囲気を醸し出している。
日は沈み、夜の闇が街を覆う頃。
細い路地の間、暗がりで一人と一機が移動している。
「……リリィ。エネルギーは足りていますか?」
金髪でショートカット、更にオールバックに決めた紳士服の男が人形に尋ねる。
その問いにドレスを新調し、首にスカーフを巻いた人形は合成音声のような女性の声で返答する。
『肯定。カモフラージュエリアを展開する為の残エネルギーは80%。機関熱量10%。戦闘が無い場合3日はこのまま活動出来ますピエール』
「よろしい。……そろそろピエールは止めませんか?」
『否定。後7日は継続します』
ピエールとリリィの二人は現在、エルリックにあるイクトル奴隷商会の居城を目指して行動中だ。
路地を進み、通りでは人にぶつからないよう注意を払いながら進む。
通りには大きな鉄製の檻や鎖が点々と置かれていて、とても目立つ。
暫くしてピエールとリリィはエルリックという街の奥に聳え立つ、大きな2つの塔を抱え込む石積みの城、その城門前に辿り着く。
城門は大きな鉄門で、城を囲む石の城壁は隙間なく造られていて堅牢そうだ。
二人は城門の一番近くに存在する路地に入り込み、会話を行う。
「……さて、玄関前に到着しましたが……やはり閉まっていますか。リリィ、飛べますか?」
『……肯定。しがみ付く際に当機の身体に触れない事を忠告します。接触部位によっては落下する危険性があります』
「……出来るなら横抱きして進んでもらえませんか?」
『疑問。男性が女性を抱擁すべきだというデータが当機のサーバーに残ってます』
「では逆のパターンもあると追記して貰えますか?そういうのもアリだと」
『了承。……追記終了。“仕方ないなサンディ、僕が抱っこしてあげるよ”』
録音された男性の声を出しながら両手を前に出すリリィ。
「その男性の声は誰の者なんですか止めて下さい……」
ピエールは声を拒否しながらもリリィにお姫様抱っこされる。
リリィは抱っこしながらブースター機能の解除を行う。
『現在ノーマルモードの為、一部機能の限定解除を開始。……解除終了。続いて装置生成機構にアクセス……アクセス承認。装置生成機構解除。噴出口展開』
リリィの背中に二つの穴が開き、そこから内部で生成されたブースターの基部が生えてくる。
その基部は三又に展開し翼となり、リリィは続けて機能調整に入る。
『……ブースター展開確認。ブースターの機能調整開始。同時に動作チェックも行います』
三又のブースターの羽を動かし、軽く噴出もして動作チェックも行う。
チェックが終了し、ようやくリリィは飛べるようになる。
『……チェックOK。ブースター起動開始。同時にカモフラージュエリア展開。影響を及ぼさないようセーフモードで飛行します』
ボボボと断続的に炎を出していたブースターの噴出が強くなり、ピエールを抱っこするリリィはゆっくりと宙に浮いていく。
そして展開されたカモフラージュエリアの効果により周囲に溶け込んで消える。
ブースターの炎の光も完全に隠れている。
『疑問。ピエール、当機は何処に着陸すれば良いのですか?』
「では、城門を超えて城の中に入れる場所まで飛行して下さい。……そうですね、あの右の塔の窓辺りにお願いできますか?」
『了承。“……サンディ、楽しい夜のランデブーと洒落込もうじゃないか。”』
「だからその男性の声は止めて下さい気持ち悪いです……」
ピエールをお姫様抱っこするリリィは空中を飛び、ゆっくりと右の塔の窓へと進んでいく。
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ゴシック調の壁、アーチ状の大きな窓ガラス、豪華な装飾。
壁のランプや天井から釣り下がるシャンデリアには光る石が付けられ、部屋を煌々と照らす。
ここは玉座の間。エルリックの街を治める領主が座する為の部屋。
「……」
その最奥、赤い絨毯の果てに存在する玉座に座るのは一人の男。
強い癖毛で茶髪の男の服装は貴族というより王族といった風貌。
頭には王冠を被り、羽織る赤いマントの裾には白いファーが付いている。
威厳良く座る男は右肘を付いていて、座りっぱなしな身体を休めている。
その傍に控えるのは黒に近い茶髪の男。整えられた顎鬚が身分の良さを示している。
商人風の服を身に纏ったその男は眼鏡を掛け、左眼の瞳が金色で、腕に分厚い本を抱えている。
更に玉座から降りた場所には複数の召使い、護衛の騎士が控えていて次の来訪者を待っている。
「……今日の来客は以上か?」
玉座に座る男の問いに答えるのは商人風の男。
本を開き、今日の予定を調べ上げる。
「……いえ、後2名程残っています。ですが、旅の行程が遅れているとの連絡があったので来訪は明日以降になるかと」
「……そうか」
暇そうに肘を反対に突き直す男。
商人風の男は玉座の隅、隠れた場所に置いてある大きな砂時計を確認し、残り二名は来ないと判断。
この後の予定を早める。
「……エドワード一世様、そろそろ夕食のお時間です」
「……ふむ、もうそんな時間か。では我は食事を取る事にする。後は頼んだぞイクトル」
「はっ、お任せください」
イクトルは敬意を払うようにお辞儀をする。
エドワード一世が立ち上がると召使いの一人が公務の終了を叫び、エドワード一世はその言葉を聞き終えてから歩を進める。
先に進む度に召使い達が羽織っていたマントや王冠など、着飾っていた装飾品を回収。
回収後はエドワードの後ろに続いて部屋を後にしていく。
護衛の騎士もその後に続き、部屋に残されたのはイクトルのみになる。
そして玉座の間の二階。催し事に招かれた貴賓達の為の観覧席。
その欄干からイクトルの様子を覗いているピエールとリリィ。
(……ふむ。まだ騒ぎになっていないようですね)
(『肯定。……ピエール。早急に騒ぎを起こす為カモフラージュエリアから飛び出す事を許可します』)
(しませんよ。というかそんな事したら処刑されますよ)
そんな風に煩く話し合っているが、リリィのカモフラージュエリアは内部の雑音を漏らさないので何も問題は無い。
静かになった部屋にて、イクトルは指を鳴らし、自身の部下を部屋の中に招き入れる。
「……此処に」
何処からともなく現れたのは褐色の肌をした黒髪の男。
服装は黒を基調としていて、風で靡かないように黒いベルトを数本身体に巻き付けて動きやすくしている。
ベルトには投げナイフが何本か装着してあり、腰には黒塗りの少し先が曲がった短剣を二本装着。
ズボンもピッチリと脚に沿わせているが、履いているブーツの襟が少し長く、動けば軽く揺れる。
……分かりにくいだろうから簡潔に言おう。厨二病的に言う所の暗殺者な服装と言える。
「……今日はスタークか。それでクレフォリアはどうなった。捕獲したか?」
「その事について申し上げます。我々と契約した血と酒の盗賊団はクレフォリアを捕獲したという情報を伝えた後、事前に取り決めた場所に現れませんでした。現在目下捜索中です」
黒髪の男スタークの話を聞き、怒りの表情を露わにするイクトル。
「……チッ、所詮はならず者の集まりか。……まぁ良い。これで処分する理由も出来た。スターク、見つけ次第全員処分しろと伝えろ。そしてクレフォリアの所有権を一時的にお前に移してこの街まで連れてこい」
「承りました」
スタークが立ち上がりその場を去ろうとする。
すると、再び何処からともなくスタークの後ろに一人の女性が現れる。
「……ッ失礼しますッ!」
相当急いで来たようで少し息が荒い。
服装は同じ黒づくめだが、スタークと違いベルトは巻いていない。
「何があった」
スタークが問い掛ける。
女性は言いづらそうに、言葉を途切れ途切れにしながら話す。
「ち……、血と酒の盗賊団が……何者かにより捕獲され、エンシア王国に護送された事が……判明しました……っ!」
「なっ、なんだとッ!?」
それを聞いたイクトルが驚きと怒号交じりの声で叫ぶ。
そしてしまったと言わんばかりに口を押える。
「……問題ありませんイクトル様。外に誰かが居る気配はありません」
スタークがそう告げると、イクトルは安心した様子を見せる。
そしてスタークと女を叱るような口調で問い詰める。
「……い、居ないなら構わん。それよりも問題なのは、貴様らが血と酒の盗賊団が王都に護送されたという情報に気づかなかったという事実だ! この国内で一番優秀な諜報員なのだろう貴様らは! 何故その程度の情報が分からないのだ! 折角その諜報力の高さを見込んで雇っていると言うのに……ッ! これでは一体何のために貴様らを雇っているのか分からんではないかッ! クソッ! クソッ!」
苛立つのか、玉座を何度も蹴り付けるイクトル。
その衝撃で強い音が鳴る。その音に萎縮し、謝罪する女。
「も、申し訳ございません……」
少し息が荒くなっているイクトル。
暴れた事で多少落ち着きを取り戻したのか質問を行う。
「……ハァッ、それで、クレフォリアは何処に?」
女は再び申し訳なさそうに告げる。
「わ、分かりません……捜索中です……」
それを聞き、鬼のような形相を浮かべて怒るイクトル。
歯ぎしりしながら暴言を吐く。
「わ……分からない、だとォ……ッ!? ぐぅっ……! 使えない屑共めッ……ッ! クソがッ!」
イクトルは手に持つ本を地面に叩きつけようとするが、流石に音が出過ぎる為に思い止まる。
そして代わりと言ったように再び玉座を蹴り付ける。
頭を掻き毟り、苛立ちを何とか解消しながらイクトルは指示を出す。
「……と、兎に角! エリス! お前はクレフォリア捜索に移れッ! クレフォリア捕獲の連絡からまだ3日しか経っていない。襲撃場所からはあまり遠くには行っていないハズだ。……スターク。お前は血と酒の盗賊団に接触して情報を聞き出せ。そして情報を聞き出せたら処理しろ。良いな。分かったらさっさと行け」
「ハッ!」 「畏まりました」
そう言ってスタークとエリスという黒服の女性はその場を去る。
再び一人残されたイクトルだが、今度は焦りと恐怖の顔を浮かべて爪を噛む。
「クソッ! 折角あと一歩の所まで来たのに……ッ! 一体誰が邪魔を……ッ!」
考える為、爪を噛みながら乱雑に歩き回るイクトル。
玉座の周囲をうろうろし、冷や汗を流しながらぶつぶつと呟く。
「急がなければ……! 早急にクレフォリアを捉えて奴隷化しなければ……ッ! このままでは、このままでは俺の夢が潰える……ッ!」
イクトルが夢中になって先の事を考えている時。
誰も居ないハズの玉座の間の扉が少し開き、そしてゆっくりと閉じられた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
城の外、諜報活動を終えたピエールとリリィが路地の影で話し合っている。
「……いやぁ、イクトルの暴れっぷりはやはり見ごたえがありますねぇ。芸の参考になります」
『注意。ピエール、これは娯楽ではなく諜報活動です。ピエールの芸風を増やす為ではありません』
「分かってますよリリィ。……まぁ、イクトル達の動きは予想通りですね。盗賊団は……まぁ、ご愁傷様ですか。では早速情報をヘカトリリスへ伝えましょう。リリィ」
リリィに指示を出すピエール。
受けたリリィもモード変更を開始する。
『了承。通信モード起動。通信機のアンテナ露出。ビット6番に信号を発信……』
リリィの頭のてっぺんからアンテナが生えてくる。
更に赤い瞳に青い光が混ざって紫色に変わり、等間隔で点滅する。
『……ビット6番の起動を検知。通信確立……成功。ピエール、通信出来ます』
リリィの瞳の点滅が終わり、紫色で固定される。
そしてリリィが左のドレスの袖を捲ると前腕部が開き、無線機のような物がせり上がる。
「ありがとうございます」
ピエールはそれを手に取り、慣れた手つきで耳元に当てて通話を行う。
「……ヘカトリリス、聞こえますか?」
『……聞こえてるよ。イクトルの様子はどうだった?』
レシーバーからは少しノイズ混じりのヘカトリリスの声が聞こえてくる。
ピエールはそのまま説明をする。
「えぇ、ひとしきり暴れた後クレフォリアの捜索と盗賊団の処理に走りました。大方予想通りですね。其方の様子は?」
『……まぁ、コッチも同じかな。強いて言うなら相手が足を出すまで時間が掛かるかも。だからまだ呼ばない』
「そうですか。では何か問題が起こった際には連絡をお願いします。私達は一度エンシアに戻ってヘレンさんに状況報告を行いますので」
『了解任せた。じゃあね』
ブツン、と音がして通話が切れる。
ピエールは無線機をリリィに返し、リリィはそれを左前腕部に収納する。
「さて、ではまたエンシアに戻りますか。まぁもう夜も遅いので明日にしますが」
ポン、と手品のようにシルクハットを召喚して目深に被るピエール。
『否定。夜間は王城への侵入確立が上昇します。夜這いを掛けるべきです』
赤い瞳に戻ったリリィが謎の動作音を出しながらそう提案する。
「そんな事をヘレンさんにしたら私の命が危ないですよ。私を王家に処刑して欲しいんですか?」
『“もう自分を抑えられないよサンディ、君のすべてが欲しい……”』
「……いつまでその声の主に引っ張られているのですか。そろそろ元に戻りなさい」
『……承認。“新婚旅行に隠された嘘”再生終了。疑似人格“フィアンセのオイリオ”も終了。……ピエール。浮気はいけません。当機とのランデブーポイントにて貴方が告げた言葉をお忘れですか?』
「忘れてませんよ。“君の任務は必ず僕が叶えて見せる。”……さ、宿に行きましょう」
『肯定。……情報修正。ピエールの名称修正までの日にちが7日から4日に短縮されました』
「それは有難い。喜ばしい事です」
ピエールとリリィは路地を出て、夜も深まるエルリックの暗い通りを歩いていく。
ようやく黒幕さんご登場。
活躍に乞うご期待。
……因みに、修正前の王国編で出て来た女忍者さんは一時の気の迷いなのでもう出る事は無いです。
でも中々良い設定なのでいつか和風ファンタジーを書く時には使うかも。




