88 天使ちゃんもビックリ!
縦に並んで進んでいた3台の馬車はユリスタシア領の村、その広場に到着し、停泊する。
地面に沈み込まないよう木の板の上に車輪を乗せて。
馬車に繋がれた馬達はハーネス等を外して村の馬小屋に連れて行かれる。
ナターシャは先に降りた斬鬼丸により馬車から持ち上げられ、地面に降ろされる。
降り立ち、大きく深呼吸して一言。
「ん゛~……帰って来たぞー……っ!」
漏らすように呟きながら大きく伸びをする。ぐぐぐと身体を仰け反らせる。
見慣れた景色、懐かしい土っぽい匂い。うん、いつもの村だ。
「さ、ナターシャ。ユリスタシア家に向かいますよ」
ガレットさんは手荷物だけ持ち、残りを斬鬼丸に持たせてナターシャの隣に立つ。
斬鬼丸も便利に使われてるなぁ。
「はーい」
ナターシャも返事をして仲良く領主の館へ歩いていく。斬鬼丸も無言でナターシャの後ろに続く。
向かう道中、馬車から降りた冒険者達も疲れたように伸びをしていた。
やっぱ身体に響くよね馬車の旅って。
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「ただいまー」
玄関に入り、大きな声で帰宅を告げる。
するとどたどたと音がして二階からクレフォリアと天使ちゃんが降りてきて、リビングと書斎からガーベリアとリターリスが登場する。
「お帰りなさい!」 「おかえりー!」
クレフォリアと天使ちゃんは嬉しそうに駆けつけてナターシャを抱き締める。
ガーベリアとリターリスもゆっくり近付いてきて安心したように話しかける。
「お帰りなさいナターシャ」 「お帰りナターシャちゃん」
少女二人に抱き締められているナターシャも嬉しそうに返答。
「あはは、ただいまー」
そしてリターリスは後ろに居るガレットと斬鬼丸にも挨拶。
ガレット、斬鬼丸の二人も軽く返答して一行はリビングへと場所を移す。
荷物は邪魔なため、一旦リビングの隅に置かれる。
各自好きなテーブルの席に付いて軽い雑談を行っていたナターシャ達だが、斬鬼丸の一言で誘拐未遂事件についての話になる。
「……そういえば、昨日の夜中の事」
「何かあったんですか?」
リターリスが反応する。
「えぇ。ナターシャ殿と食事をする為に冒険者ギルドに向かっていた時、何者かによりナターシャ殿が誘拐されかけたのであります」
「ゆ、誘拐!?」 「嘘……!?」
リターリス、ガーベリアの両名は驚いた様子。
「どういう状況だったのか詳し『どゆことー!!!!????』……!?」
リターリスが聞き込みに入った所でナターシャの髪を弄って遊んでいた天使ちゃんが叫ぶ。
声に驚いたパパンは天使ちゃんを見ながら固まる。
「えっなっちゃん誘拐されかけたってマジ!? 何があったんさ!?」
ナターシャの肩を揺さぶって聞き出す天使ちゃん。かなり同様している。
「え? いや、なんか気が付かない内に洗脳されて路地に連れ込まれたみたいで……」
長い髪が編み込まれてシニヨンっぽくなっているナターシャが揺さぶられながらそう話す。
それを聞き、ウッソォ!? ちょっと確認する!と言って天使ちゃんは魔法を発動する。
「“我が主の銘に従い、世界に刻まれし歴史の扉の鍵を開く! 神の寵愛を受けし少女に掛けられた魔法・悪意を我に閲覧させよ!“世界真理書””!」
天使ちゃんの手から青い陽炎のような鍵が飛び出し、ナターシャに差し込まれる。
ナターシャの胸に突き刺さった鍵からは光の筋が伸び、天使ちゃんの頭に直接リンク。……〇ューロン直結?
少しして読み解けたのか天使ちゃんが驚きの声を上げる。
「……えっ!? ちょっと嘘ォ!? 熾天使の私のパワーに割り込める制約とか聞いてない! あり得ないよー!」
何かショックだったようでそう叫んでいる。
「……何か分かったんですか?」
リターリスが心配そうに天使ちゃんに尋ねる。
ガーベリアもコクコクと心配そうな表情で頷き、天使ちゃんを見つめている。
天使ちゃんはショックで暫く悶えた後、疲れたのか落ち着きを取り戻してぽつぽつと話し始める。
「……いや、天使ちゃんとしてもこれは想定外。一応ね、万が一の為に私の紋章を授けて、洗脳魔法への耐性や悪い悪魔との契約を防ぐ手立てを付けといたんですよ。」
天使ちゃんはナターシャの左手を持ち上げて紋章を見せつける。これそんな効果があったのか。
ただのペイントだと思ってたわ……というかそういう大事な事、最初から説明しれくれればいいのに。
「……なんでそれ説明してくれなかったのさ。」
当然文句を言うナターシャ。
「だって、神様が言っちゃ駄目だって。こういうのは隠されていた方が中二病?らしいって神様が言ってたから……」
バツが悪そうに顔を伏せる天使ちゃん。
そして当然のように俺を弄ぶのはやめようか神様。
色々と根に持ちすぎじゃありませんかね?
「……でも、想定外の事態が起きたと。一体ナターシャの身には何が起こったんですか?」
リターリスが天使ちゃんに尋ねる。
天使ちゃんは少し萎びた声で答える。
「……驚くと思いますけど、隷属魔法。ようは奴隷化ですね。なっちゃんは昨日の夜、短時間だけ奴隷にされてました。」
「ど、奴隷に!? どういう事ですか!?」
天使ちゃんの言葉を聞いて驚くリターリス。
軽く頷きながら、申し訳なさそうな口調で説明する天使ちゃん。
「いや、本当にあり得ないんですけど、私の契約に割り込んで相手を奴隷にするなんて芸当が出来るのって隷属魔法という概念、つまり世界の法になった従属の悪魔本人だけなんですよ。
どうやってかは知らないんですけど、なっちゃんを襲った人は従属の悪魔の瞳を手に入れたっぽくて。それでなっちゃんを奴隷化したみたい。
でも、そのまま連れ去ろうとかそういう意思は感じなかったんです。ただ情報を聞かれただけみたいで……」
「うぅ、怖いです……」
「怖いね……」
天使ちゃんの説明を聞き、あの時の恐怖を思い出したのかナターシャに抱き着くクレフォリアちゃん。
ナターシャも同意して抱き合う。決してじゃれつきたかったとかそういう意図はない。
「一体どんな情報を……?」
「えっと、やっぱりクーちゃん関連の情報が多いです。……あ、クレフォリアちゃんの事ね? 今何処に居るのか、どうやって保護したのか、という情報を聞きだされて終わりました」
「……むぅ、全て漏れてしまったという訳でありますか」
天使ちゃんの言葉を聞いて腕を組む斬鬼丸。
リターリスが尋ねると、斬鬼丸もその日の昼にあった事を説明する。
「いえ何、その日のお昼時に一人の男が拙者達に接触してきてナターシャ殿がエンシア王国に来た理由、更にはクレフォリア殿の情報を聞き出そうとしてきたのであります。ナターシャ殿が後者を話す前に拙者が止めに入って事なきを得たと思ったのでありますが……」
「そんな事も……」
残念そうに斬鬼丸の炎が揺れる。リターリスも考えるように口元に手を当てる。
そして天使ちゃん、斬鬼丸の話を聞いたガーベリアが天使ちゃんに問う。
「えっと、その悪い人の狙いはナターシャちゃんじゃなくて、クレフォリアちゃん、だったって事なのかしら。ナターシャちゃんに悪意を持っていた訳じゃないの?」
天使ちゃんももう一度読み取った世界の記憶を整理して話す。
「……うん。なっちゃんに対する悪意はあんまり感じない。ただ情報を引き出す為に利用されただけだね」
その言葉を聞き一旦安堵するガーベリア。しかしすぐにクレフォリアの事を心配する。
「……だとすると、今回の旅はクレフォリアちゃんがとっても危険だわ。そんな悪い人達に狙われているなんて。どうしましょうパパ……」
リターリスの肩に両手を当てて寄りかかるガーベリア。
ガーベリアの顔を見て優しく頷いたリターリスは、自身が分かっている情報を整理して統合し、自分の推論を話す。
「……従属の悪魔の力を持っているって事は、奴隷商絡みなのは間違いない。先日、クレフォリアちゃんが盗賊に襲われて奴隷化された事と何か関係しているのかもしれないね。何か対策を立てないと……」
リターリスの話に同意する全員。
「私、どうなってしまうのでしょう……」
ナターシャに抱き着きながら小さく震えるクレフォリアちゃん。
安心させる為にナターシャは更にぎゅっと抱き締める。
全員がどう対策しようか話し合う直前、玄関のドアをノックする音が聞こえる。
『……失礼します! 冒険者ギルドの者です! ユリスタシア家の方々にご挨拶しにやってまいりました!』
威勢のいい男性の声だ。
「はーい! ……ごめん皆、ちょっと待っていてくれ。」
リターリスが玄関に行き、訪問者の対応を行う。




