87‐閑話 帰宅途中の一コマ
ユリスタシア家に向かう馬車は枯草の間にある街道を進んでいく。
荷物をたくさん積んでいる為進みは遅いが、その分色々な物が置いてあるので暇つぶしが出来る。
とりあえずはー……毛布だな。
ナターシャはテントセットと共に置かれていた毛布を取り出し、ずるずると引きずりながら自身の持ち場まで持ってくる。意外と重い。
「ナターシャ、何をしているのですか?」
ガレットさんが不思議な顔をしているがお構いなく毛布を折り畳み、寝床を作ってその上に寝転がる。あー幸せ。
それを見たガレットは少し呆れた様子。大人としてナターシャを叱る。
「お行儀が悪いですよ。女の子なのですからもっと大人しくしていなさい」
「えー。帰るまで暇なんだもん……」
ナターシャは不満そうな顔をして身体を起こす。
ふぅ、とため息をつくガレットは感情的ではなく論理的に注意する。
「いけませんよナターシャ。これから旅に出るのですから、ちゃんとユリスタシア家、男爵家の娘としてのプライドを持って行動するように。貴女の行動の一つ一つが一家の名前を背負っていると自覚しなさい」
「はーい……」
ちゃんと返事はする物の片頬を膨らませ、ぶー垂れている。
まぁ理解は出来るけど、もっと緩くて良いと思う。
元一般人の思考としては上級階級のプライドよりも個人の自由を優先するのが必要だと思う。
「……じゃあ、ガレットさんは旅の間ずっと座ってるの?」
「まぁ、談笑して過ごすのが一般的ですね。それ以外は同乗者の邪魔にならないよう大人しくしているのが一番です」
まぁそりゃ確かに。でも大人しくしてると尻が痛いんだよ。
「……ガレットさんもお尻の下に毛布敷きますか? そのままだと痛くなりますよ?」
そう言って毛布の端を持ち上げるナターシャ。
ガレットさんは少し考えるポーズをして話す。
「……まぁ、確かにそうですね。それもありです」
ハッ、掛かったな。心の中で嗤うナターシャ。
これでアンタも俺の仲間入りだぜ。最後は仲良く昼寝と洒落込もうや……
しかし顔には出さずにこやかに話す。
「じゃあ、今そっちに毛布を持って移動しますね。一緒に座りましょうっ」
ナターシャはそう言って、毛布を再びずるずると引っ張りガレットさんの横に移動。
畳んでいた毛布を開いて2人分のスペースを作る。
ナターシャは毛布の上に座り、ぽんぽんと横を叩いてガレットさんを呼び込む。
「……では失礼して」
ガレットさんは長いメイドスカートを綺麗に折り畳みながらナターシャの横に座る。
ナターシャは無邪気にガレットさんに頭を寄せ、甘える。
「えへへ、ガレットさんっていい匂いがするー」
くんくんと鼻を鳴らして香水の香りを楽しみ、膝に頭を乗せてごろごろしたりする。
「ナターシャ……もう、全く……」
ガレットさんもナターシャの無邪気さには負け、じゃれつきを許してしまう。
それがナターシャの最初の策略が成功した証であり、ガレットさんと融和化する先駆けであった……
そう、全ては既に赤城恵の掌の上なのだ……
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……とまぁ、だからと言って何かが変わるとかそんな事は無く、ガレットさんに膝枕されながらのんびりと過ごすナターシャ。
その当時の思考回路も“教育係っぽいメイドさんに甘えるって何か貴族の娘っぽい”という安直な思いつきで行動していただけである。
あぁ、最後のお昼寝ルートだけはもう確定してるから。安心して欲しい。
……おい、なんでガレットさんに甘えてるんだよって思ってるそこの君。
ガレットさんかなり年上だけど、美人だった面影メッチャ残ってるからね?
多少の皺こそあるけど目元綺麗だし鼻もスッと通ってるし。年齢にそぐわず唇綺麗で潤ってるし。
性格も言動も慎まやかな中にとても強い芯を持った女性。眼鏡とかクッソ似合うと思う。
後20歳くらい若かったら多分死ぬほど甘えてたわ。ずっと顔下に向けて深呼吸してた可能性すらある。
まぁ時間の流れってのは仕方ない事だね……と思いながらナターシャは微笑む。
じゃ、上からそろそろ退くか。ずっと膝枕しているとガレットさんが辛いだろうし、と頭を外すナターシャ。
少し頭を上げて動き、そのまま毛布の上に横になる。
ナターシャが退いたのを見て、軽く脚を崩すガレットさん。何も言わない所が優しいね。
しかしやる事が無い。困った。
リュックも邪魔だから降ろしてる。今は向かいで胡坐掻いてる斬鬼丸の傍に置いてある。
これは何か、スマホ以外に趣味作らないといけないな。暇潰しに気軽にできて、作るのも簡単なもの……あやとりとか? 目指せ異世界の〇太?
他に気軽に出来そうなのは魔法の詠唱考える程度だったので、取り合えずの暇つぶし目標の一つにあやとりを設定しておく。
後は……ガレットさん達としりとりして遊ぶくらいか。ボードゲームとかあれば面白いんだけどな。
チェスは……難しそうだから、リバーシくらい単純な物が良いな……それもオセロで。
それなら初期配置が固定、挟めば取れて、困った時はパス出来て、勝ち負けも分かりやすい。子供でも簡単に出来るゲームだ。
……っていうかテント魔法があるんだし、リバーシ魔法も創れるのでは?そう思い立つナターシャ。
暇つぶしに上の空になり、リバーシっぽい簡単な詠唱を考える。
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……うーむ、思いつかん。
毛布に横になって暫く考えていたが特に思いつかない。
取り合えず一旦情報を整理しよう。
必要そうなキーワードは碁盤の目、白黒の石。
それを子供レベルの魔力でも使用出来るよう短縮して、簡潔に纏めなくてはならない。
……というか、そもそもオセロって何マスだっけ。普段そういう事気にしないから覚えてねぇ。
それが分かればパパッと出来そうなんだけど……誰か知ってるかな?
という事で、この中で一番世の中に詳しそうなガレットさんに尋ねてみる。
「ねぇガレットさん」
「なんですか?」
ガレットさんは服に付いた埃を取るのに夢中だ。
「リバーシ……って知ってますか?」
「……なんですかそれは?」
知らない様子。
……あ、そうだ。チェスはあるんだよな。
「なら……チェス盤って何マスでしたっけ」
「チェスは……8×8の64マスですね」
「そうですか。ありがとうございます」
64マスか。よし、それで行こう。
まぁ、リバーシと合ってるかは分からないけどこの際チェス盤と一緒で良いだろう。
その方が広めやすいだろうし。つーまーりー詠唱はー……
横向けで簡潔な詠唱を練る。
64……の碁盤の目を持つ板と、同数の白黒の石よ現れろ?
うーん……前半が長い。それに説明っぽくて覚えづらい。もっと短縮だな。
石の方は……逆に説明が短い。石も白黒じゃなくてパンダ柄になるかもしれない。詳しく言わざるを得ないか。
つまり……“64マスの碁盤と、白と黒、正悪一体となった64個の石よ現れろ。”かな?
……うん、なかなか良いんじゃないか? 白と黒、正悪一体って所が厨二ポイント高め。
よし、試すか。
早速手を前に出し、詠唱。
「“64マスの碁盤と、白と黒、正悪一体となった64個の石よ現れろ”」
ポウン、と白い煙を出しながら8×8で64マスのチェス盤っぽい木の板1枚と、表と裏で色の違う平たい石64個が出現。実験は成功だ。
早速暇つぶしにガレットさんをゲームに誘う。
「ねぇガレットさんガレットさん」
「どうしまし……なんですかそれは。一体何処から?」
ナターシャを見て驚くガレットさん。当然だろうね。
身体を起こしたナターシャは両手でチェス盤を持っていて、その上には白黒の平たい石が沢山乗っている。
「今、熾天使様から魔法と遊び方を授かりました。暇つぶしにボードゲームで遊びませんか?」
ナターシャは左手の甲を見せる。
それを見て納得するガレットさん。
「……あぁ、成る程。構いませんが……それはどういった物なのですか?」
「これはですね――――
ガレットさんに簡単にルールを説明し、一緒に遊んでみた。
……うん、馬車の振動で石が跳ねる跳ねる。
これは早急に磁石式の物を開発しなければならない。
戦いを一旦中断し、不貞腐れたように寝転がると、再びリバーシ魔法の詠唱を練り直すナターシャなのだった。




