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86 三日目:エンシアからの旅立ち。

 ギルドで食事を終え、宿舎街に戻って御者の男性が居る男性宿舎エリアに向かう。

 姉に連れられて番号通りの場所に行くと、大きな馬が繋がれた帆馬車に荷物の積み込みが行われていた。

 積み込み前の荷物のチェックや積み込みの監視をしている御者の男性。

 ふと視線を逸らした時、コチラに近づいてくるナターシャ達に気付き、手を挙げて挨拶する。

 ナターシャ達も挨拶して、荷物の状況を尋ねる。


 しっかり揃っているか不安だったが、御者の男性曰くしっかり揃っているらしい。

 詳しく聞くと会計後に商品を届ける日付を決めない場合、前日に注文表を届けた上で次の日の朝に届けられるのが常とのこと。

 これは議会と商人達による取り決めのようだ。


 まぁそうしないと商人も商品をいつ届けて良いか分からず持て余すだろうから当然か。

 姉も男性の話を聞いて、そう言えばナターシャにその事を教えてなかったとショックを受けていた。

 やっぱり王都に住んでいると当たり前すぎて忘れちゃうんだろう。都会あるあるなのかな?


 荷積みが行われている帆馬車の後ろには傾斜の緩い仮設スロープが造られ、馬車の傍に置かれている各種荷物や木箱、樽を小分けにしながら木製のタイヤが横付けされた台車に乗せ、それを2人掛かりで押して運搬している。

 馬車の中にはさらに3人待機していて、馬車に掛かる左右の荷重が極力偏らないよう監督役の指示を受けながら内部に設置される。良く分かんないけど凄い。


 一週間分の食料&追加購入したテントセットと毛布、2日分の薪、予備の車輪4つを全て詰み終わった馬車に残った床のスペースは凡そ4割程。荷物は帆馬車の前側に偏らせて設置されている。

 馬車の後方にあまり荷物を置かないのは同乗者の体重も計算に入れているからだそうだ。

 これでも相当絞って決められたサイズ……らしい。ちなみに全部姉に聞いた話。


 まぁ、アイテムボックスに全部しまえばそんな面倒事も無いんだけどなー……と思いながら腕を組んで首を捻るナターシャ。旅が始まって邪魔に感じたら全部片づけようかな。

 荷積みに使っていたスロープが片付けられ、馬車に乗り込めるようになるまでその場で辺りを見渡しながらぼーっとしていると後ろから女性の声がする。


「……三人共おはようございます。調子はどうですか?」


 振り返ってみるとガレットさんだ。メイド服。

 大きな革製のトランクを両手で持ち、背中や肩には昨日買った食材の入った袋、調理器具セットっぽい物を掛けている。

 斬鬼丸とはまた違った意味合いでの完全装備なので見ごたえがあるかもしれない。旅のメイドさんってこんな感じなのだろうか。


「おはようございますガレットさん」


「おはよーございます」


 姉妹はガレットに頭を下げて挨拶。斬鬼丸も流されるように頭を下げる。


「元気そうですね。では、早速ですが斬鬼丸さん。私の荷物を馬車に乗せていただけますか」


 ガレットは斬鬼丸に近付き、キビキビと荷物を手渡していく。

 斬鬼丸は流されるままに荷物の積み込みを行い始める。

 荷物を全て渡し終わったガレットさんは疲れたように呟く。


「肩の荷が降りるとはこの事ですね」


 結構重かったようで、肩を回してストレッチをしている。

 斬鬼丸は……まだ動き足りないようでスロープの後片付けを手伝い始めている。まぁ楽しそうだし気にしなくていいか。


 御者の男性からもう乗車出来ると言われたので、ナターシャ、ガレット、ユーリカ、斬鬼丸の順に乗り込む。……お姉ちゃん?

 乗り込んだ姉にきょとんした表情を見せる妹を見て、説明する姉。


「見送りよ、見送り。外の城門まで付いていくわ」


 理解したように頷くナターシャ。

 あぁ成程ね。旅に付いてくるのかと一瞬思ってしまった。

 御者の男性が全員乗った事を確認して、ようやく馬車は出発する。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 内の城門で馬車が止められ、守衛さんにより簡易な検査を受ける。

 ナターシャと斬鬼丸はその際に期限切れの入場証を返却。

 入場証自体は出入場の際に見せればOKだったので割と緩い。昨日の出場の時なんて顔見知り補正が働いてたし。実質顔パス。

 やはりそれだけ覚えられやすい顔つきという事なんだろう。


 そして相対的に考えた事で、自身の容姿についての肯定感を得られたナターシャ。少し嬉しい。

 基本反応してくれない人ばっかだからね。まぁ異世界イケメンや美人ばっかだから仕方ないけど。


 検査は木箱や大きな袋の中に誰かが潜んでいないか等の確認だった。因みに木箱の中身は蝋で包まれた四角い物がぎっしり。形状からしてショートブレッドだと思われる。


 軽い検査が終わると再び馬車が出発。大通りに入り、真っ直ぐ外の城門に向かって進む。

 ……そして、十字路に差し掛かった所で横から来た二台の帆馬車がカーブする際に上手く動き、ナターシャ達の乗る馬車の前、そして後ろを挟むように並んで進む。

 操縦上手いなーと思いながら前の馬車を覗くと、いくつかの木箱や樽の他に武器や盾を持つ軽装備の冒険者が6名程乗っている。

 後ろを向くと同じように木箱や樽、そして装備を整えた冒険者の一団が。

 その中に見える顔の内、一人の顔に見覚えがあった。


「……あ、ディビス」


「む?」


 ナターシャの呟きに反応する形で斬鬼丸も後ろを見る。

 剣を抱えながら虚空を見つめていたディビスも、前の馬車に座るナターシャに気付き、手を挙げる。

 ナターシャも元気よく手を振って対応。答え合わせをしてあげる。

 すると嬉しそうに微笑み、目を瞑って座ったまま眠りにつくディビス。良かったね。


 ……しかし、後ろの馬車にディビスが乗っている、という事はだ。考えるナターシャ。

 彼が乗っているという事は、俺達を挟んだ馬車は冒険者ギルドの差し金?

 一応今日の朝出発する予定です、とは伝えたけど詳細な時刻は分からないと言ったハズ。


 それを何かしらの手段で事前に察知して、護衛する為にわざわざこの馬車を挟み込んだって事? 冒険者ギルドの情報収集力すげぇな……。

 ついでに馬車を操る御者の腕も神業レベル。曲芸師でも雇ったのかな。

 そういった様々な凄さに気付くが、一旦思考を放棄する。


 ……ま、細々した事は後で考えよう。今は帰宅して、ゆっくりしたい。

 目を閉じ、荷台の壁にもたれ掛かり肩の力を抜く。そして鼻で大きく深呼吸するナターシャ。


 ……冒険者ギルドでは能天気に振舞ってたけど、実は誘拐されかけてから旅に出るのがちょっと不安。

 悪い人ってのは容赦無く洗脳魔法を行使するって分かったし。

 正直な所、このまま旅に出ず静かに自宅に引きこもっていたいと思ってる。

 その方が平穏に、幸せに生きられるだろうしね。……でもね?


 少しわびしい顔をしながらも目を開け、自分の両手を眺めるナターシャ。

 そしてぎゅっと握りしめる。


 ……でも、ここで俺が引きこもってたら、クレフォリアちゃんが再び襲われた時に助けられない。

 盗賊が隷属魔法を使ってくるような世紀末っぷりだ。今回使った盗賊自体は既に逮捕されてるけど、教えた存在が必ず居る。他にもそういった盗賊が存在するかもしれない。


 ……今回クレフォリアちゃんが狙われたのか、運悪く襲われた結果なのかは分からないけど、俺はクレフォリアちゃんを守るって決めた。なら、俺は旅に付いていかなきゃならない。

 所詮7歳の少女だけど、彼女を護る為に出来る事は精一杯やろうと思う。


 気持ちを新たにする為両指で口角を上げ、笑顔を作る。怖くても進めば道は見えるさ。きっとね。

 そんな妹の様子を不安げに見つめる姉。


 大通りを進み終わり、外の城門付近で再び検問が行われる。

 自分は見送りだと守衛に告げたユーリカは、降りる前にナターシャに近付いて、懐から櫛を取り出す。


「どうしたの?」


「うん。……よっと」


 ナターシャの疑問を軽くいなし、姉は持っている櫛を半分に折る。

 パキッ、と良い音と共に中央の溝に沿って半分に割れ、一つの両歯櫛が2つの片歯櫛になる。


「はいこれ。お守り」


 姉は妹に櫛の片方を差し出す。


「お守り?」


 ナターシャは首を傾げる。姉はお守りである理由を説明する。


「うん。この櫛はね、ニンバスキックロークっていう神聖なカエルの角で出来た櫛。“苦や死の定めを折り、神の加護を受けて無事に帰ってきますように”っていう意味が籠っているの」


「へぇ……へへ……」


 その言葉を聞き、軽く笑うナターシャ。

 ようは死亡フラグを叩き折って無事帰還できますようにってか。

 現代日本なら無茶な言い回し過ぎてあり得ないと片付けられそうけど、カエルの素材で出来てるからセーフと。異世界らしい安全祈願じゃん。面白い。


「……もしかして、カエルは苦手だった? 必要無かった?」


 ナターシャの反応を見て姉は不安そうに言う。しかしナターシャはこう話す。


「……ううん。ちょっと面白いな、って思っただけ」


 ナターシャは身体を起こして櫛を受け取ると、そのまま膝立ちになって姉を抱き締める。


「……ありがとうお姉ちゃん。絶対、無事に帰ってくるからね」


 その言葉を聞いたユーリカは、つい耐えきれなくなり妹に尋ねる。

 身体を離し、妹の肩を掴みながら辛い表情で尋ねる。


「……ナターシャ」


「……何?」


 気持ちを悟られないよう可愛く首を傾げる。


「ギルドでも一度聞いたけど……その……ナターシャは、怖くないの? これから旅に出るのよ? ……昨日、悪い人に襲われたばかりなのよ? ……旅に出たら、またそんな目に会うかもしれないのよ?」


 心配と恐怖の入り混じった表情を浮かべる姉。

 ナターシャは姉の言葉を真摯に受け止めながら再び深呼吸。気持ちを整えてから正直に話す。


「……まぁ、ぶっちゃけると怖い。出来れば家で引きこもっていたいね」


「なら、旅に……」


 引き留めの言葉を言い掛ける姉。

 しかしナターシャはそれ以上言わせない。ユーリカの口を人差し指で止める。


「……分かってるよ。分かってる。でも、護りたい人が居るからね。どうしても止められない。止まりたくないんだ」


 悲しく笑いながら話すナターシャ。一応言っておくがまだ7歳である。

 ユーリカは妹の発言を聞き、誰を守りたいのかすぐさま辿り着く。


「守りたい人……っていうのはもしかして……」


 姉は妹の肩から手を放し、脚を崩して座る。

 妹も同じくその場に座り込む。


「……うん。その人。……私はクレフォリアちゃんを護りたい。他人任せにはしたくないんだ」


 ナターシャも姉の推測を肯定し、正直な思いを伝える。

 姉も理解し、妹がその少女を護りたい理由わけを尋ねる。


「……それは、組織に関わる者としての義務だから? 必要だからなの?」


「ううん、違うよ。7歳の私として、ユリスタシア・ナターシャとして護りたいと思ったから。それだけ」


 妹の言葉を聞き、更に表情を曇らせるユーリカ。

 その行動がどういう結果をもたらすのか妹に伝える。


「……その分、ナターシャが大変な目に会うかもしれないのよ? とっても辛い目にも。自己犠牲なんて良くないわ」


「……」


 それを言われてナターシャは少し言葉に詰まる。

 でもこう言うしかない。


「自己犠牲……だろうね。否定出来ない。でも、誰に何を言われてもこの我儘だけは貫くよ」


 ナターシャは姉の言葉を肯定しながらも我が道を貫く事を告げる。

 そして、一つの言葉を姉に教える。


「……それとねお姉ちゃん。私、好きな言葉が一つあるんだ。ある人の言葉」


 まぁ、実際は人じゃなくてゲームのキャラクターの言葉なんだけど。

 昔っからこの台詞セリフが好きなんだよな。

 一度は言ってみたかった。


「……どんな言葉?」


 姉は妹に尋ねる。

 妹は姉をこれ以上不安がらせない為、にこやかに話す。


「“誰かを助けるのに理由が必要かい?”って言葉」


「誰かを助ける理由……?」


 ナターシャの言葉を聞いて、考え込むユーリカ。

 でも、考える必要なんて無い。答えは決まってる。ナターシャは思うがままに言う。


「……でも、助ける理由なんて要らないよね。だって、本当に助けたいと思った時にはもう身体が動いてるんだもん」


「……そうね。そうかも」


 妹の言葉を聞いて納得はしたものの、未だ暗い表情の姉は再度尋ねる。


「……でも、だから……ナターシャは人を助けるの? 思うがままに? 無条件に?」


 それでは何れ重圧で潰れてしまうという暗示だ。

 そういった人間の結末を我が身を持って知っているナターシャは、少し気を緩めてからこう言う。


「……まぁね。でも安心して。ちゃんと利益を求めるよ。だって、損ばっかりするのは嫌だからね。私、結構がめついタイプだから」


 そう言って悪い笑みを浮かべるナターシャ。

 まぁ清く正しくだけじゃ生きていけないんでね。ある程度は打算的に生きるのが一番です。

 その言葉を聞いて少し安心したのか、ようやく笑う姉。

 軽く微笑みながら話す。


「……ふふ、やっと子供っぽい言葉を聞けた気がするわ。ちょっと安心した。」


「そっか。良かった」


 ナターシャも微笑む。……さ、ついでだ。

 更に姉を安心させる為、魔法の言葉を掛けておく。自己暗示も兼ねて。

 座る姉に近付いて強く、ぎゅっと抱き締めて、耳元で呟くように話す。


「……大丈夫。私は強いよ。お姉ちゃんがびっくりするくらい」


「……うん」


「……剣も強いし、凄い魔法も使えるよ。お供の精霊さんだって最強なんだよ」


「……うん」


「それに……どんな事にも負けないよ。どんな悪い野望だって阻止するもん。だって、組織の最強格だもんね」


「ふふっ……うん」


 再び微笑んだ姉に安堵の表情を浮かべるナターシャ。

 身体を離し、ようやく不安が払しょくされた姉に伝える。


「……じゃあ、行ってくるね」


「うん。気を付けて」


 ユーリカはナターシャをもう一度抱き締めて頭を撫でる。

 そして離れ、ガレットさんにも旅の安全を祈りながら抱き締め、斬鬼丸とは拳を合わせる。


「……ナターシャが何処かに行ってしまわないよう、しっかり守って下さいね」


 そう言いながら複雑な表情を浮かべるユーリカ。

 斬鬼丸も理解しているようで、宣言する。


「……勿論。昨日のような事は二度と無いと此処に誓うであります」


 斬鬼丸は鞘ごと剣を外し、柄をユーリカに向けて差し出す。

 それを見て少し戸惑う様子を見せるユーリカ。しかし鞘ごと剣を受け取り、再び返却する。


「……信じますよ。そういうのは止めて下さい」


「ハハ。命に替えてでも、もまた拙者の信条でもあります故。覚悟の証であります」


「もう……妹といい考え方が極端な人ばっかりだわ……でも……ふふっ」


 ユーリカは呆れた表情を見せるも、斬鬼丸の行動が良い気分転換になったようで、良い笑顔を見せる。

 そして前の方に座る御者の男性にもよろしくお願いします、と礼をして、帆馬車の後ろから飛び降りる。

 ナターシャの乗る馬車はユーリカが降りると共に動き出す。城門を抜け、視界が開ける。

 馬車の外には広大な麦畑と地平線が見え、ようやく自宅に帰るという実感が湧くナターシャ。


「……ナターシャー!!!」


 気持ちを高めて風を受けながら景色を見ているその時、姉の声が聞こえる。

 ナターシャは後ろを見て、城門の傍に立つ姉の姿を見止める。


「絶対、無事に帰って来なさいよーーーー!!! 信じてるからーーーーーー!!!」


 ユーリカは大声を出しながら手を振る。もう片方の手には櫛を握りしめている。


「分かってるーーー!!! 絶対、無事に帰ってくるからねーーーー!!!」


 ナターシャも姉に向かって叫びながら手を振る。姉と同じく、櫛を握りしめて。

 そのまま姉妹は、互いの姿が見えなくなるまで手を振り続けた。


 ナターシャ達を乗せた馬車は、二台の帆馬車に護衛されて石畳の街道を進んでいく。

色々とありますし後ろ髪を引かれるような終わり方ですがエンシア王国編はこれにて終了。

閑話も終えたのでサクサクと進みたい所。


……あ、3部はまだまだ終わりません。まだ始まったばかりですからね。

なげーよ!って人には申し訳ないのですが、描写が冗長になってしまうのが私の悪い癖です。てへぺろ。

そもそも真面目な文章って得意じゃないので早くおふざけしたい所です。


まぁゴールデンウィークですからのんびり書いていきます。気分アゲアゲ☆

せめて終わる頃にはスタッツに着けてると良いな……

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